ウクライナのゼレンスキー大統領は、自国を軍事侵略し、軍事施設だけではなく、民間施設や産業インフラを破壊し、占領地から子供を拉致するロシアのプーチン大統領を「戦争犯罪人」、「テロリスト」と最大級の非難を込めて批判してきたが、ゼレンスキー氏の批判を問題視する国もメディアもない。プーチン氏に全ての落ち度があることが明らかなうえ、人道的観点から見てもその批判は妥当だからだ。

訪米でブリンケン国務長官と会談するベアボック外相2023年9月12日、ドイツ外務省公式サイトから

ウクライナとロシアは戦争当事国だから、その国の政治家が発する言語も戦時用語となるのは致し方ないが、そうではない場合(平時の場合)、外相や外交官は他国の政治家と接する時、たとえ自分とは政治信条が別としても最低限の礼を忘れないものだ。

外相がその外交慣習を忘れて相手国の指導者を「独裁者」と呼べば、外交交渉は始まる前から行き詰ることが予想される。その危険性を無視してドイツのベアボック外相は中国の最高指導者習近平国家主席を「独裁者」と呼んだのだ。中国側は独外相の発言を問題視し、「公然とした政治的挑発だ」と反発し、中国外務省はドイツのパトリシア・フロール大使を呼びだして抗議している。

ベアボック外相(「緑の党」出身)は14日、テキサスを訪問中に米国のFox Newsとのインタビューに応じ、ウクライナの戦争について、「ロシアのプーチン大統領が戦争に勝った場合、中国の習近平国家主席のような他国の独裁者たちにとってどのようなシグナルを送ることになるだろうか。だからこそウクライナはこの戦争に勝たなければならないのだ」と述べている。

参考までに、習近平国家主席を「独裁者」呼ばわりをしたのはベアボック外相が初めてではない。バイデン米大統領も6月、習近平主席を独裁者呼ばわりしたことがある。その時も中国側は反発したが、米国が大国であること、バイデン大統領の問題発言はこれが初めてではなく、一部では高齢による認知症的兆候と診断されていることなどを考慮したのか、その反発は時間の経過と共に収まっていった。

ベアボック外相の発言について、ドイツ国内の反応はいたって冷静だ。ショルツ首相(社会民主党=SPD)はコメントしていないが、ヴォルフガング・ビュシュナー政府副報道官は、「明らかな点は、中国が共産主義の一党制で統治されていることであり、これは民主主義の理念には合致しない」と説明している(独週刊誌ツァイト・オンライン9月18日掲載)。

このコラム欄で紹介したが、SPD、緑の党、自由民主党(FDP)の3党から成るショルツ連立政権の中で、ベアボック外相の外務省とショルツ首相の首相府との間で対中国政策では常に対立してきた。例えばハンブルク港のコンテナターミナルの運営会社に中国国営船会社Coscoが参入する問題ではベアボック外相は反対したが、ショルツ首相は最終的には中国側が取得する株式の割合を落とすことで承認した経緯がある(「独『首相府と外務省』対中政策で対立」2023年4月21日参考)。