帝国時代のロシアでは、貴族はフランス料理を食べるのが普通です。ロシア料理が高級店で出ることはありませんでした。実際にロシア皇帝の専属料理人をはじめ、フランス人が雇われているかフランス留学経験者です。
当時のロシア帝国で料理人のヒエラルキーはこんな感じです。
一流:フランス人シェフ
二流:フランス留学経験があるロシア人シェフ
三流:ロシアしか知らないシェフ
どうやっても貧しい村の少年が都会に出てきて高級ホテルの料理人になれるはずがないのです。
スピリドン・プーチンは最初はゴロホヴァヤ通りにあったホテル・ロンドンで働いていたと言われています。
ホテル・ロンドンの一階には銀行が入っていて、貴族が宿泊するサンクトペテルブルクでも屈指の高級ホテルでした。
間違っても田舎から出てきた農家の少年が就職できるところではありません。
スピリドン・プーチンが15歳のころから高級ホテルで働き始め、33歳でロシアで一番の高級ホテルの料理長になったキャリアは庶民では考えられないので、彼は貴族の妾の子だったといわれています。

ホテル・ロンドンの建物は第二次世界大戦でなくなってしまったのですが、戦後にソビエト政府が国営の施設として全く同じ形に建て直しています。
現在の姿は18世紀の建物ではなく、革命時代と同じ姿に建て直された戦後の建築です。
どうしてそんなことをしたのか謎ですが、スピリドン・プーチンの家だったと考えると共産党幹部の命令で建て直されたのかもしれません。
もし、ここがスピリドン・プーチンのために建て直された家ならプーチン大統領が生まれ育った家である可能性も考えられます。
そうなると、スプリドン・プーチンの実の父親、つまりプーチン大統領の曾祖父が誰なのかという話になるのですが、ホテル・ロンドンの所有者だったグルホフスキー将軍の妾の子説やロシアの名門貴族だったプチャーチン家の妾だからチャの文字を抜いてプーチンになったなどありますが諸説飛び交っていて定説はありません。
日本に来ていたエフィム・プチャーチンの子孫説もありますが、それだとスピリドン・プーチンを種付けした時期にサンクトペテルブルに居なかったので無理があります。
確実に言えるのは、彼が庶民ではないということです。
なんのことはありません、プーチン家はロシア帝国時代から続く貴族の末裔だったのです。
実はソビエト崩壊までプーチン大統領が住んでいたアパートという建前になっていた場所こそ祖父の家だったホテル・ロンドンの五階だったのではないかといわれています。