ただ、アメリカ国民がクレジットカードを使うことに慎重になってきた兆候はあります。2021年以降ほぼ毎月一括払い残高は少なくとも100億ドルずつ増えてきたのですが、直近3~4ヵ月では一括払い残高が減少したり、まったく増えなかったりしています。
おそらく、その月の決済時に確実に預金残高で引き落とせるから大丈夫だと考えていた人たちも、万が一引き落とせなかった場合に経過金利が大きな負担になることを恐れて、あまり財布代わりに使わなくなってきたのではないでしょうか。
始めから高金利を承知で分割払い決済を選ぶ人たちがあまり減っていなさそうなのは気がかりですが。
学費・自動車ローン情勢の緊迫個人世帯の債務残高としては、もちろん住宅ローンが非常に大きいのですが、アメリカの場合、学費ローンと自動車ローンも、最近1兆ドルを超えたばかりのクレジットカード分割払い債務より大きくなっています。次のグラフでご覧いただけるとおりです。
この2種類のローンは、この秋からかなり大きくアメリカ経済の成長率を抑制する方向に動くはずです。
まず学費ローンですが、結局民主党政権が空手形を出しつづけた「学費ローン徳政令」は実現せず、10月から残債のある人たちは支払いを再開する必要が生じます。当然、払わなくても済むものと早合点していた人たちは、そうとう消費水準を下げるしかないでしょう。
その規模はかなりの大きさになります。
債務総額1兆7000億ドル、債務者総数4400万人、1人当り債務3万8290ドル(約560万円)といった概数にも驚きますが、中身はもっと深刻です。
いちばん負担の重い年齢層が35~49歳という働き盛りの人たちで、コロナ騒動前はかなり長期にわたって返済を続けてきたはずなのに、まだ総額6357億ドルも残債があるのです。この人たちの消費生活が倹約によって絞りこまれるだけでも影響は大きいでしょう。
この学費ローンについては、今年の9月まではまったく返済していなかったのに、10月から返済が再開されるということで大きな話題になっています。
ですが、個人債務については、もっとはるかに地味なところでも危機が起きています。それが自動車ローンなのです。
ご承知のとおり、アメリカでは全国で精々7~10くらいの大都市圏以外では、旅客鉄道はまったく機能していませんし、バスの運行も非常に不安定なので、自動車を持っていないと実質的には移動の自由が保証されない生活をしなければなりません。
その自動車購入市場から、アメリカ国民の半分がすでに締め出されてしまったというのです。まず、比較的取得しやすいはずの中古車市場から見ていきましょう。
2013~14年には3%未満だった中古車ローン金利が、直近では8%まで跳ね上がっています。さらに、中古車の残存価値指数が2021年春以降一貫して200を超える水準で高止まりしています。
このうち、下段の中古車残存価値指数なるものは、明らかに政策的に高水準に維持させられていると思います。
仕事に自動車が不可欠な人たちは、EVにはとうてい猛暑や厳寒の中でも基準どおりの馬力を発揮し、いたるところで短時間で給油ができる内燃機関自動車の代わりが務まらないことをよく知っています。
ところが、国連、世界経済フォーラム、そして欧米のほとんどの政権が、気候変動対策として、2030年前後をめどに内燃機関車の販売を全廃させるという方針を打ち出しています。
私は、中古車価格が高止まりする最大の理由は、今のうちに買っておかないと仕事に支障をきたす人たちがなるべく耐久性の高い内燃機関車を買い溜める需要が活発なので、金利上昇や経済低迷にもかかわらず、内燃機関中古車の値段は下がらないのだと思います。
電池パックを入れ替える必要が生じたら、EVは4輪をくっつけた安っぽいプラスチックのカラ箱に過ぎないので、EV中古車の価格はとどまるところを知らず下がり続けているのは皮肉ですが。
自動車市場がいかに危機的な状況にあるかを、世界最大の自動車サービス団体、コックス・オートモーティブの主任エコノミストの発言から要約してみましょう。
アメリカ国民の半数が、すでに自動車市場から締め出されてしまったというのです。
アメリカの世帯所得中央値が2022年には、2021年の水準から一段と下がって7万2000ドルになっていたとしても、月収6000ドルになりますから、月々400ドルの負担ができないというのは、ちょっと大げさではないかという気がします。
ただ、アメリカで勤労世帯が「世間並み」の生活をしようとすると、すさまじいカネがかかります。医療費や大学授業料などの高さはよく知られていますが、ファストフード店で出される標準的なメニューの食事代も、日本とは隔絶した高さです。
こうした点を考えると、ほんとうにアメリカ国民の半分は月々400ドルの自動車ローンは負担しきれないのだと思います。アメリカの自動車市場が国民の半分を相手にしなくなってしまったという事実の重さは、公共交通機関の充実した日本では想像もつかないほどです。
これまでは、銀行と個人世帯の関係中心に見てきました。ここからは、銀行と企業活動、とくに中小銀行からの融資に資金を頼ることの多い商業用不動産との関係も見ておきましょう。
今後5年で償還予定のCRE融資総額2.5超ドル最大の問題は、今後5年間に総額2兆5000億ドルの商業用不動産(Commercial Real Estate)向け融資の償還が予定されているけれども、この融資を使って物件を運用している借り手たちは、返済資金を確保できているのかということです。
上段でご覧のとおり、2023~27年の償還予定分のうち、毎年2500億ドル以上は銀行業界からの融資となっています。当然、物件の運営がうまく行かず、返済資金が確保できなかった物件は銀行にカギを渡して「担保を引き取ってください」ということになるでしょう。
そこで気になるのが、下段の2023年第1四半期の取引総額の低さです。第1四半期の総額が1000億ドルに達しなかったのは2014年以来9年ぶりということになります。
しかも、どうやら物件の数が激減しているわけではなく、かなり取得価格より割安で投げ売りされる物件が増えているようなのです。
左の円グラフを見ると、商業用不動産向け融資の中で圧倒的に多いのは集合住宅の43%で、次がオフィスの19%となっています。
右に棒グラフでそのオフィス物件の品質を見ると、下から4分の1はもうオフィスビルとしては無価値、なんとか用途変更などをしないとお荷物のままという状態のようです。
また下から2番目の21%は、今すぐ無価値化するわけではないが10年先を考えると大規模改修は不可避だろうということです。いちばん下に比べるとマシに見えます。
ですが、空室のはずなのに入りこんだ不法占拠者がいるけれども、行政が治安の維持より犯罪者に優しくしてマイノリティグループの人気取りをするような自治体では、テナントからの合意を取り付ける作業とか、価値を高める大規模改修はむずかしいでしょう。
ようするに、中長期的にきちんとテナントからの収入が入って来ることが見込めるオフィス床面積は半分強に過ぎないわけです。
アメリカの銀行業界の商業用不動産向け融資とオフィス向け融資の比重を比較したのが、次のグラフです。
このグラフを見るかぎりでは、JPモルガン、バンク・オブ・アメリカ、ウェルス・ファーゴといった大手行は、商業用不動産向けもオフィス向けも小さく抑えていて安全に見えます。
ただ、昨年末から今年春までの破綻例を見ると、シリコンバレー銀行は不動産融資には非常に慎重だったけれども、もっと危ないことに手を出していてあっさり破綻したという事実もあるので、CREがらみだけで銀行の健全性をチェックするのは危険でしょう。
また、例えば「オフィスビルは危ないから他の用途に融資を絞りこもう」といった行動を銀行業界が一斉に取ったりすると、それはもっと危ないかもしれません。
最近では、建築着工統計で工場が激増しているのが目立ちます。
2020年には月次で60億ドル程度だった工場建設費が、直近では170億ドルまで上昇しているので「これはオフィスより工場のほうが需要が高そうだ」と工場建設に突っこむといった刹那的な経営姿勢の不動産開発業者や、そこに融資する銀行があるわけです。
下段を見ると、2014年には非住宅建築の14%を占めていた工場建設が2019~20年には8%まで下がっていたので、キャッチアップをしたら行き過ぎてしまったという可能性が大きいことがわかります。
先進諸国共通ですが、今や製造業が経済成長を先導する時代ではありません。さらに、アメリカの製造業は実際にモノ造りをする工程を海外の下請け業者に丸投げしてしまった企業が多く、今さら工場を建てても現場でしか蓄積できない技術が戻ってこないかもしれません。
次のグラフはアメリカ製造業の景況感が直近で8カ月連続で48を下回ったけれども、過去に同じことが起きたときには必ず深刻な景気低迷を招いたことが示されています。
この環境で「オフィスはダメだから工場建設に融資する」というのは、まさに飛んで火にいる夏の虫と言うべき愚行でしょう。
こうして見てくると、銀行業界を中心にアメリカ経済全体が深刻な危機に直面していることがわかります。そして、ゴールドマン・サックスは次のグラフにもとづく「10月危機説」を唱えています。
ですが、私の見るところ「3大危機要因」のうち、ほんとうに怖いのは学費ローン支払い再開だけだと思います。
財政赤字上限枠をめぐる連邦議会・政府の機能停止は何度も話題になったけれども、そのたびに土壇場で回避されてきた茶番劇です。現在の全米自動車労組には、長期ストを敢行するほどの政治的交渉力も財源もありません。
その一方で、クレジットカード分割払い債務のすさまじい高金利や、米国民の半数が自動車市場から締め出されたことの影響、そしてCRE向け融資の償還期限が続々やってくることといった、はるかに大きな問題からは眼をそらしています。
今年の10月はアメリカの銀行業界だけではなく、アメリカ国民全体にとってすごく残酷な月となるでしょう。
開けてビックリ、好業績で割高さが再認識されたエヌヴィディア決算 自動車自律走行はGREAT PIE IN THE SKY(バカでかい絵に描いた餅) 90兆ドルに達したアメリカ民間部門総債務の山が崩れ始めた アメリカの銀行業界は、市場経済と統制経済の主戦場だった 後編 アメリカの銀行業界は、市場経済と統制経済の主戦場だった 前編
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年9月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。
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