こんにちは。
「4月は1年でいちばん残酷な月」という表現をお聞きになったことはありませんか?
入学式があり、学年が変わって新しい出発があちこちにあり、多くの企業で新入社員が仕事を覚え始める日本ばかりではなく、欧米でも4月といえばふつうは春たけなわの明るくほのぼのとしたイメージを思い浮かべがちです。
アメリカのポピュラーソングにも「4月なら雨さえ歓迎したくなる」心理を歌い上げたApril Showers(4月の雨)という名曲があります。
ところが、難解な長編詩をいくつも書いたアメリカ生まれでイギリスに帰化した詩人、T・S・エリオットは代表作となった長編詩『荒地』を、April is the cruellest month と書き出しているのです。
初めは、わざとふつうの人の感じ方と逆を行く発想程度のことだと思っていたのですが、どうもそうではないようです。
じつは、4月は自殺や鬱病の発生率が高い陰鬱な月でもあるのだそうで、自然科学や社会情勢にも深い関心を寄せていたエリオットとしては、4月だからといって安直に春の賛歌を歌い上げる気にはならなかったのでしょう。
そう言えば、知的能力が高い人は一芸に秀でたスペシャリストを目指す傾向が強いアメリカに生まれながら、エリオットが知的能力の高い人はジェネラリストを目指すことが多いイギリスに帰化したのも、狭い専門志向への反発があったからかもしれません。
大変枕が長くなりましたが、今年のアメリカ銀行業界に限れば1年でいちばん残酷な月は4月ではなく10月ということになりそうです。
アメリカ金融市場は株もダメなら債券もダメという八方ふさがりの2022年をなんとかやり過ごして、2023年には上昇基調を取り戻したように見えます。 ですが、2023年10月は今年前半の好調さが結局奈落の底への下落過程での小反発に過ぎなかったことを思い知らせることになるでしょう。

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すでにX(旧Tweet)を通じてお伝えしましたが、アメリカの債券利回りは1930年代大不況時以来どころか、まだアメリカ独立革命が成功するかどうかも判然としていなかった1788年以来最悪となっていました。
債券の総合利回りとは金利配当に債券自体の価格がどの程度上下したかの変動率を加えて算出します。
そして、一般論としてはどんなに途中経過で価格が下落しても、存続に疑問のない国家の発行している債券なら、償還期限まで持ちつづければ必ず額面で買い戻してくれるはずです。
ですから、さまざまな償還期限の米国10年債をひっくるめて総合利回りがマイナス17%というのは、償還期限が遠い券面の価格が凄まじく下がっていたことを示しています。
同様に、アメリカという国が存続するかぎり元本が保証されていて、確実に金利収入があるはずの米国債のあらゆる償還期限のものをひっくるめて、直近4年間つまり2019~22年の累計利回りがマイナスに転落していたというのも、驚くべき現象です。
この独立革命時代以来最悪の債券市場でいちばん深刻な傷を負ったのは、銀行業界でしょう。
連邦準備制度(Fed)が量的緩和と称して現金で手持ちの国債や不動産担保証券を買い上げてくれるので、手に入れた資金はあまり実体経済への投融資に回さず、Fedが確実に買い上げてくれそうな証券類を買い溜めることに使っててきたからです。
とくに、結局最後となった第4次量的緩和の頃Fedに買い上げてもらった証券類の代金は、ほとんど同じような証券類をもっと沢山買うことに費やしてきたことが下段のグラフでわかります。
そして、量的緩和の果てに待っていたのは自然の流れに任せる穏やかな金利上昇ではなく、立て続けの大幅なフェデラルファンド金利引き上げでした。その結果が、アメリカ銀行業界全体として、前代未聞の巨額含み損となっているわけです。
なお、銀行各行の決算には直近で5880億ドルにも達する含み損は全額計上されていません。満期まで持ちつづけるつもりの債券は、額面どおりの価格で償還してもらえるはずなので減損会計を適用しないでもいいことになっているからです。
でも、たとえば取付け騒ぎがあって巨額の預金流出が起きたら、「今売れば損だ」とわかっている債券を巨額の損失を出しながら売らなければならない事態もあり得ます。とくに預金総額に対する現金準備の少ない中小銀行は、その危険が大きいでしょう。
そういう心配があるので、アメリカの銀行業界全体として万が一の現金引き出し需要に備えて、Fedが来年の3月までと期限を切って提供している銀行ターム資金調達プログラム(BTFP)から現金を借りています。次のグラフの上段です。
大手銀行の場合は、もともと現金準備の余裕があったこともあり、FEDからの資金以外にも現金を調達する手段はいろいろあるので、BTFPによって積み増ししている現金準備は1.0~1.5パーセンテージポイントほどで、あまり大きな比重を占めていません。
ところが、中小銀行の場合、あまりすぐにも換金できるような資産を持っていないため、このプログラム抜きなら総資産の4%という危機的な水準まで下がっているはずの現金準備を7%弱に膨らませています。
当然、このままの状態で行けば来年3月以降は極度に現金準備が逼迫するので、中小銀行は融資先に対してひっそりと貸し渋りや貸し剥がしをして現金準備を増やそうとしているようです。
その結果、中小型株指数であるラッセル2000に対して、ほぼ純然たる小型株指数であるラッセル1000のパフォーマンスが非常に悪くなっています。
ふつう、成長の止まったままの中型株もふくむラッセル2000より、成長途上の銘柄の多いラッセル1000のほうが株価が高いのですが、今年8月末の実績では2001年以来22年ぶりにラッセル2000のほうが株価が高くなっています。
というわけで、債券市場が低迷して銀行の含み損が増えると、通常の営業活動や事業拡大資金を銀行融資に頼ることの多い中小企業の業績が悪化することになります。
7~9月の第3四半期まではなんとかごまかしてきたアメリカ経済ですが、10~12月の第4四半期にはこの一連の悪循環があちこちで表面化するでしょう。
銀行不振の影響は住宅産業にも銀行の不振と貸し渋りは、ふつうの勤労世帯が家を買おうとしたら当然頼らざるを得ない住宅ローンにも深刻な影響を及ぼします。
上段は代表的な株価指数4つが去年9月初め以来どう動いたかを示しています。ハイテク大手一点張りで上昇基調を維持するナスダック100とS&P500とは対照的に、小型株のラッセル2000はまだ今年3月の銀行連鎖破綻の痛手を完全に払拭したとは言えません。
S&P500採用銘柄のうちで銀行株を集めたKBW銀行株指数に到っては、結局今年3月の急落から半年経ってもまったくと言っていいほど回復せず、底ばい状態が続いています。
下段に眼を転ずると、1990年代末以来どんなに景況が悪くても300台は維持していたモーゲージ銀行協会住宅景況感指数が、21世紀に入って初めて200を割りこんでいます。
そして、銀行株の不振と住宅景況感の劣化は密接に結びついているのです。まず、相次ぐ破綻のように派手な話題にはなりませんが、銀行株が不振を続けている大きな理由のひとつは金利が上がると中古住宅の売買とそれに伴う新規ローン契約が激減することです。
アメリカは、新築住宅1戸に対して中古住宅3~4戸の比率で既存住宅同士の住み替え需要が大きな国です。しかし、住宅ローン金利が急騰すると、新しくローンを組むと金利負担が激増するので、中古住宅売買件数が激減します。
とくに30年固定の場合、住宅ローンはかなりの高金利が安定的に入ってくるため、銀行業界全体にとっても大きな収益源です。中古住宅市場が極端に縮小すると、多少新築住宅の販売戸数が増えた程度のことでは埋め合わせることのできない収益減少につながります。
アメリカで住宅産業の主流を形成しているのは、住宅建築会社でも分譲会社でもなく、仲介業者なので、このローン金利急上昇による中古住宅同士の住み替え需要の枯渇が、業績を大きく悪化させるわけです。
次の2段組グラフは、中古住宅売買の冷え込みが玉突き的に貸家市場まで悪化させていることを示しています。
上段は過去四半世紀(25年)にわたって、これほど住宅取得がむずかしかったことはないという現状を示しています。
その巻き添えを食っているのが、貸家住まいをしている人たちです。2021年後半から2022年前半にかけて、家賃が年率で15%を上回るような値上がりとなりました。でも、空室率は2021年半ばの4%弱という非常に低い水準から、直近で6.5%あたりまで上がった程度です。
家を持てない人たちが、ふつうの経済状態のときより長いあいだ貸家市場に滞留しているので、家賃がべら棒な上がり方をしても空室率はそれほど上がらないわけです。
あっさり消えた個人世帯の超過貯蓄民主党バイデン政権がコロナ対策で盛大に特別給付をばら撒いた頃、個人貯蓄率が急上昇しました。「ようやくアメリカ国民も借金をして消費水準を守るより、将来に備えて貯蓄をする習慣を取り戻したのか」といった議論も出ました。
ですが、次の2段組グラフを見ると、それは大変な買いかぶりであって、まだ何を買うか決まっていなかった時期だけの「一時預け」に過ぎなかったようです。
上段は、3次にわたるコロナ対策特別給付があった直後は個人貯蓄率が急上昇したけれども、特別給付がとだえると以前どおりにクレジットカードなどの分割払いを使って消費水準を高めに保つ悪癖がまたぞろ復活したことを示しています。
国民全体の年齢構成や所得分布から見て、だいたいこのぐらいの貯蓄をしていて当然だろうという金額を超えた貯蓄のことを超過貯蓄と言います。下段の水色のシェードは、この超過貯蓄の動きを示しています。
コロナ対策が絶頂に達した2021年8月には、この超過貯蓄がなんと2兆1000億ドルに達していたのですが、今年6月にはマイナスの910億ドルに転じました。「悪銭身につかず」と言いますが、アメリカ国民にとってコロナ対策の一時金はまさに悪銭だったようです。
アメリカ国民がクレカの分割払いという、現時点で約22%にも達するとんでもない高利のカネを借りてまで消費水準を維持する背景には、実質世帯所得の中央値が2018~21年にかけてかなり大幅に下がったという事実があります。
所得の中央値とは、所得水準によって上から下まで並べて、ちょうど真ん中に来る世帯の所得のことです。
2022年の実質世帯所得中央値はまだ公表されていないのですが、2022~23年にかけて分割払い債務が激増しているところを見ると、2021年よりさらに下がっているのだろうと思います。
ここで改めて、クレジットカードの分割払いを選んだ場合に翌月以降の引き落とし分につきまとう金利がいかに高かったかを見ておきましょう。次の2段組グラフの上段です。
アメリカ経済全体が超低金利だった2010年代後半でさえ、年率13~14%もの高金利を維持していたのです。