恥ずかしいことだが、日本語で「隠蔽」(いんぺい)という言葉を知ったのは、ローマ・カトリック教会の聖職者による未成年者への性的虐待問題を取材していた時だ。「いんぺい」という日常生活ではあまり使わない日本語に戸惑った。「いんぺい」が事実を意図的に隠すことを意味すると知ってから、残念なことだが、当方は「隠蔽」という言葉を頻繁に使用するようになった、というか、「隠蔽」という日本語が必要なテーマを多く扱ってきた。

ジャニーズ事務所 Wikipediaより
直近では、スイスのローマ・カトリック教会の聖職者による未成年者への性的虐待問題の報告書を読んだ時だ。報告者を作成したチューリッヒ大学の歴史学者が、「スイスのカトリック教会は、アイルランド、フランス、ドイツの教会と同様に非人道的な陰謀を行ってきたことが、公開されたパイロット研究によって証明された」と述べている。そして「隠蔽」する理由として、「司教たちは『聖なる』教会の評判を守るためにできる限りのことをした。性的虐待を犯した聖職者が処罰されないことが多いのは、司教たちが共犯者になっていたためだ」と正確に説明している。
すなわち、隠蔽するのは、「聖なる教会」の名誉を守るためだというのだ。人は自身が行っていることが悪いと思っては悪行を行えない。だから、どうしても自身の悪行を何らかの理由をつけて正当化しようとする。教会の上層部もその点ではまったく同じだ。「教会の名誉を守る」という理由から、神父の未成年者の性的虐待が外部に漏れないように対応する、という行為に出てくるわけだ。
近代教皇で最高峰の神学者といわれたベネディクト16世もドイツのミュンヘン・フライジンク大司教区の大司教時代(1977年~82年)、聖職者の未成年者への性的虐待問題に関連し、「適切に対応しなかった」という理由で犠牲者から訴えられた。性犯罪を犯した神父を人事することで犯罪を隠し、その神父がその後も聖業を継続していたことに対しては黙認した、という容疑だ。典型的な「隠蔽」だ。
それでは、「隠蔽」はローマ・カトリック教会だけかといえば、もちろんそうではない。至る所で「隠蔽」が行われている。大手芸能事務所「ジャニーズ事務所」の創設者ジャニー喜多川(2019年死去)の性加害事件について、関係者による隠蔽行為があったはずだ。同芸能事務所とビジネス関係にあったメディア関係者も故ジャニー喜多川の性加害事件を薄々、ないしは良く知っていたが、事件が発覚するまで沈黙してきたことが明らかになってきている。