企業がこれだけ巨額の資金を投じて他社の製品を買ったら、当然それを事業活動に使うはずでしょう。いつ担保権を行使されるかわからない状態でその製品を使いつづけられるものでしょうか。
それ以上に不思議なのは、融資をする側の態度です。
使っていれば当然目減りするだけではなく、技術がどんどん進んでいるので時間が経つだけでも減価していくハイテク製品を、借り手がメーカーから買ったときとまったく同じ価値を持つ担保として受け入れているのは、自社の株主や従業員に対する背信行為ではないでしょうか。
さらにエヌヴィディアにとっては製品の買い手であり、シンジケート団にとっては融資の借り手であるコアウィーヴという企業が、自称「小さいけれども安定したニッチを持ったクラウド運営企業」と名乗っているだけで、ほとんど実績がなさそうな会社なのです。
こんな会社が主要顧客だとしたら、その他の顧客はいったいどれほど極小企業ばかりなのかと心配になる顔ぶれです。
というわけで、どうやらエヌヴィディアの社内でもインサイダーとして自社株の取引についてきちんと報告する義務を負っている人たちは、長い株価上昇期間を通じてまったくと言っていいほど自社株を買っていません。
それはまあ、株式市場と言えばストックオプションで安く手に入れた自社株を売るために存在すると思っている企業経営者が多いアメリカではふつうのことなのかもしれません。
ただ、注目したいのは2022年の第4四半期(10~12月)の株価が150ドル近辺に下がっていたときでさえ、今のうちに売っておいたほうが安全だと考えるインサイダー(経営幹部)もいたという事実です。
ブラックロック首謀者説はありか?私は、このかなり異様な取引を陰で操っていたのはブラックロックではないかと見ていました。2021年の年末エヌヴィディア株が300ドル台に乗せた頃大量に仕込んでしまって、半値以下になったのでなんとか株価を戻そうと売上を膨らまさせたという筋書きです。
でも、次の保有株数推移を見て、そこまで短期的な悪あがきをする必要はないことがわかりました。
なんと持株の大多数をなかなか株価が20ドル台に乗せられなかった低迷期に買っていたので、後入れ先出しにしてもコストは20ドル台前半と、売り値が150ドル前後でもたっぷり益を出して売り抜けることができます。
ただ、いくらコストが安かろうと売り値は高ければ高いほど儲かるわけですから、首謀者ではないとしても一枚かんでも刑事訴追を受けたり民事で和解金を払わされたりするほど出しゃばらずに済むなら、株価引き上げ作戦に同調するのはたしかでしょう。
そして、現代アメリカの証券・金融監督行政はまったく大手金融業者の言いなりですから、ほとんど警戒心を持つ必要もなく、協力していたことでしょう。
コアウィーヴの経営陣は現代アメリカの縮図いや、大手金融業者ばかりではなく、小悪党集団がなかなか悪だくみが成功しなくても辛抱強くあれこれ試していれば大当たりのくじを引くチャンスもあるのが、現代アメリカの金融業界です。コアウィーヴ経営陣の略歴がまさにそういう人生を物語っています。
天然ガス先物にしても、暗号通貨の採掘にしても、違法性の薄い事業をしているうちは、炭素排出権取引のようなうま味はなかったでしょう。
ですが、実際に現場で暗号通貨を入手するための計算を大量にやっている作業員にせっつかれて高性能のGPUを買っておいたのが役に立って、一応クラウド事業の体裁を整えた架空取引によって大金をせしめるチャンスを獲得したわけです。
なぜそれだけで大儲けするチャンスになるかと言えば、この架空取引の首謀者たちは「これが架空取引でないことを証明する」ために、かなり高い評価でコアウィーヴの上場をおぜん立てしてくれているからです。
それにしても、コアウィーヴの経営首脳陣3人という優秀な卒業生を出したナットソースという炭素排出権取引会社のCEOだったジャック・コーガンが何十ものダミーやシェル(空っぽ)カンパニーを使って築いた取引網は、大航海時代の奴隷三角貿易をほうふつとさせる仕組みです。
こんなふうにカネをだまし取られても、ほんの少しでもCO2排出量を減らすことができればマネロンの罪悪感が弱まると思って、「熱帯雨林再生事業」などに投資をする大富豪や王侯貴族が今でもヨーロッパ諸国にはぞろぞろいるということなのでしょう。
サブプライムローン・バブル崩壊を一層悲惨なものとした債務担保証券(コラテラライズド・デット・オブリゲーション)は、マグネター・キャピタルを創業したアレック・リトウィッツがもっとも積極的に世に広めたものです。
破綻必至の不動産物件などを「担保がついているから安心です」と言って客に売っておきながら、自分はその「証券」が破綻することを確信してクレジット・デフォールト・スワップを買ってそこでも儲けていたのですから、ほんとうにやることが悪辣です。
コア・ウィーヴは、買うはずのGPUを担保にして23億ドルものカネを借りるという今回の案件以外にも営業実績がほとんどない企業としては異例なほどひんぱんにかなり大きな融資を取り付けていますが、ほぼ一貫してマグネター・キャピタルが主幹事となっています。
「悪党、悪党を知る」というか、コア・ウィーヴの経営陣には「こいつなら安心して悪事を任せておける」と思わせる雰囲気があるのでしょうか。
欧米の大手金融機関でなんらかのかたちでこの悪徳金融商品にかかわらなかった企業は、おそらく1社もないでしょう。個人投資家と違って、完全な被害者とか完全な加害者とかに振り分けるのは無理でしょうが、3社を除いて何事もなかったかのように営業を続けています。
写真のコラージュを2枚ご覧ください。
JPモルガンは、罰金ではないにしても罪状認否無しでかなり高額の和解金を払うところまで追い詰められました。リーマン・ブラザーズは会社が消滅しました。
金融のプロとして特異なケースとしては、日本の某メガバンクが「こんな危険なものは格付さえしたくない」という格付会社の忠告を無視して購入して結局損をしたという笑えない事実もあります。これは金融業界では珍しい純然たる被害者と言えるかもしれませんが、自分から被害者になりに行った感なきにしもあらずです。
なお、今回はもしこれが不正取引や粉飾決算として明るみに出ればアメリカの株式市場全体を道連れにしそうな大事件なので、背景としての生成AIの普及ぶりですとか、その実用性に言及することはできませんでした。
その点については、アマゾンでは今月25日発売、書店には26~27日頃の配本予定で、最新の拙著『生成AIは電気羊の夢を見るか』に書いておきました。ぜひお読みください。カバー付きとカバー無しの表紙は下の写真のとおりです。
開けてビックリ、好業績で割高さが再認識されたエヌヴィディア決算 自動車自律走行はGREAT PIE IN THE SKY(バカでかい絵に描いた餅) 90兆ドルに達したアメリカ民間部門総債務の山が崩れ始めた アメリカの銀行業界は、市場経済と統制経済の主戦場だった 後編 アメリカの銀行業界は、市場経済と統制経済の主戦場だった 前編
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年9月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。
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