岸田首相はあるシンポジウムで「政府のやること、民間がやることの区分ができなくなってきた。世界が大きく変わる中で、『これは政府がやる』、『これは企業がやる』という従来からの二分法では対応しきれなくなってきた」と、明言しました。「財政膨張容認」の宣言に等しい。

6月に約束した「平時に戻していく」は、フェイクニュース(虚偽情報)となりました。今やネットでなく、政府というリアル(現実)がフェイクを流す。フェイクニュースをネットのせいばかりにできなくなった。

9日の各社の社説をみても、おかしな主張が目につきます。金融政策を正常化していくには、財政政策を監視する「独立財政機関」を設けて、にらみを効かせることが第一歩です。そのことに全く触れていません。

日経社説の「義務的な支出である国債費の膨張は、政策に使う予算の余地を狭める」はどうでしょう。「余地狭める」からいいのです。「利払い費が高騰していくから、歳出を減らせ」というシグナルを市場から発しているのです。日経の主張は「金利引き上げによる利払い費の膨張」に反対しているかのような印象を受けます。

読売社説も似たようなものです。「国債の償還は利払いに充てる国債費が膨らんだことも気がかりだ。他の事業を圧迫しかねない」と。なんだか変ですね。「大規模金融緩和を方向転換していく過程では、利払い費が増えいくから、他の事業費を削り、歳出削減と歳入増加を図らなければならない」が正解なのです。

読売はさらに「必要性の薄れたムダな事業を徹底的に洗い出し、予算を効率化しなければならない」と。政府、自民党が「徹底的に洗い出す」ことをやるはずがない。やるなら新聞でしょう。最近はやりの生成AI(人工知能)と使って財政構造の分析をしたらどうでしょうか。

朝日社説は「予備が多い。政府が国会審議なしに使途をきめられ、財政民主主義をないがしろにする」と。視野が狭すぎる。「選挙のたびに財政膨張策をとるから、財政の持続可能性が危うくなり、民主主義社会の財政的基盤が棄損される。選挙が民主主義を危うくする」と書くべきでした。

地球環境対策、少子化対策、安全保障政策など、民間では手に負えない問題が続出しています。地球が狭くなり、グローバリゼーションが進み、ますます政府の出番が増えているのは確かです。だからこそ、「平時」に金融財政を正常化しておくべきだったのです。

編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2023年9月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

【関連記事】
「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
大人の発達障害検査をしに行った時の話
反原発国はオーストリアに続け?
SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
強迫的に縁起をかついではいませんか?