煙の発生を抑えて人命を守る早期作動型スプリンクラー

NFPAは作動の早さによってスプリンクラーを標準型(Standard Response Type)と早期作動型(Quick Response Type)に分類している。正確にはRTI(Response Time Index)という作動の際の熱への感度によって分類され、RTI値が80以上のスプリンクラーを標準型、RTI値が50以下のスプリンクラーを早期作動型としている。

この2つの使い分けを大雑把に説明すると、標準型スプリンクラーは工場や物流倉庫等において経済的損害防止を目的として使用され、早期作動型スプリンクラーは住宅、医療施設、集会所等において人命への安全を目的として使用される。

早期作動型スプリンクラーは、1980年代に開発された技術であり目新しい技術ではない。NFSA(米国スプリンクラー協会)のKenneth E.Ismam氏の「Do Quick-Response Sprinklers Provide Better Fire Protection? (早期作動型スプリンクラーは防火上好ましいか?)」という2005年の寄稿によると、標準型スプリンクラーは火災が発生した部屋の外にいる人々を守るのに対して早期作動型スプリンクラーは火災が発生した部屋の中にいる人々を守ることを目的として開発されており、実物大火災試験のデータがこれを裏付けているとしている。

1980年代後半から1990年代前半にかけて、FMRC(現在のFM Global)やNIST(アメリカ国立標準技術研究所)等が、ホテルの客室や実験室において実物大火災試験を実施してその有効性を確認している。

NISTが1990年にワシントンDCのプラザホテルにおいて排煙設備の必要性を判断することを目的として行った試験では、「標準型スプリンクラー」「早期作動型スプリンクラー」「スプリンクラーなし」「排煙設備あり」「排煙設備なし」の条件で火災試験を行っている。結論として、早期作動型スプリンクラーを設置すれば、一酸化炭素の発生を抑えて避難に必要な視界を保てるため、排煙設備の代用とできるとしている。

今回犯人が、建物の螺旋階段付近でガソリンに着火させたことによって、火のまわりが速く大量の煙を発生させて大きな被害を出す結果となった。亡くなられた36人のうち約7割が一酸化炭素中毒とのことである。

アメリカでこれと全く同じ条件で火災試験を実施した例があるとは思えないが、スプリンクラーによって火災における死者数が約1/10になっているというNFPAの統計データがある。この建物においても早期作動型スプリンクラーが設置されていれば、煙の発生を抑えて死傷者数を大幅に減らせた可能性があるのではないか。

消防検定制度と水道法の規制

日本で科学的な防火を妨げている一番大きな原因は消防検定制度である。国内消防法では、第21条の2によりスプリンクラーヘッドなどの12種類の検定対象機械器具については、日本消防検定協会または登録検定機関が行う国家検定を通ったもの以外は販売すらできないとしている。

「散水パターンが検定基準に合わない」という他国では聞いたことがない不可解な理由で、NFPAのスプリンクラーが排除されているが、この制度ができたのは1960年代である。当時の事情を知る方によると「アメリカから何のクレームもなかった」ので、60年近く経った現在も続いているとのことである。

国民の生命と財産を守ることがこの制度の一番の目的でないことは明らかである。検定制度を理由としてNFPAのスプリンクラーを排除した結果、防火に関する科学的な知見も入ってこなくなったのではないか。

アメリカでスプリンクラー普及率が高い理由として、公設水道管の圧力が高いことと、水道直結式が認められていることが挙げられる。スプリンクラー設備はおおまかにスプリンクラーヘッド、配管、ポンプ、水槽によって構成されるが、アメリカでは公設水道管に消火用配管を接続して水を直接供給できるため、ポンプと水槽が不要であり低コストでの設置が可能である。

この方法は水道直結式と呼ばれアメリカ以外でも多くの国で認められているが、日本では水道法の規制によって高齢者施設等の例外を除いて認められていない。日本ではほぼ必ずポンプと水槽の設置が必要となるため、設置コストが割高となる。

人命安全を目的として設置する早期作動型スプリンクーについては、作動に必要な水量が少なく水圧も低いため、水道法改正さえすれば多くの建物で低コストでの設置が可能であると思われる。

防火の縦割り行政

日本の防火は国土交通省所管の建築防火と総務省消防庁所管の消火に分かれている。

多くの大学の工学系学部に建築学科があり、防火の専門家とされる先生方もいるが、そういった先生方は建築防火(防火区画、排煙、避難)の専門家であって、スプリンクラーをはじめとする消火の専門家ではない。

そういった先生方は、他国の事情やNFPAのデータ等からスプリンクラーが有効であると知っていても積極的に推奨する立場ではない。

規制至上主義では国民の生命と財産は守れない

今回のように「十分な防火対策」とされる建物で多大な被害が発生しており、さらに他の建物では法規制で要求された消火設備の誤作動によって死傷者や多大な損害が発生している。

アゴラの記事で何度も書いているがアメリカではスプリンクラーの有効性の検証を年間35,000件以上行っているのに対して日本では東京消防庁が十数件行っている程度である。

日本の防火は十分なデータや検証がなく、「何故そうなっているのか」について科学的な説明がないことが多い。法規制に誤りや不十分な点があることは明らかであり、そのまま信じていては生命と財産は守れない。

牧 功三 米国の損害保険会社、プラントエンジニアリング会社、米国のコンサルタント会社等で産業防災および企業のリスクマネジメント業務に従事。2010年に日本火災学会の火災誌に「NFPAとスプリンクラー」を寄稿。米国技術士 防火部門、米国BCSP認定安全専門家、NFPA認定防火技術者。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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