戦後、ペロン将軍が政権に就いて以来正義党がアルゼンチン政権の大半の期間を担って来た。日本の自民党の長期政権と良く似ている。特に、キルチネール夫婦による政権運営はキルチネール主義派と称されて、正義党の中では影響力の強い派閥を形成して来た。ところが、同派閥のアルベルト・フェルナンデス大統領の政権になって30年振りにインフレが100%を超える状況になってキルチネール派は従来の親派からも支持を失いつつある。

それを証明するかのように、8月の大統領予備選挙では正義党が擁立した大統領候補セルヒオ・マサ経済相が3位に留まるという予想外の結果となった。本番の大統領選挙でも同様な結果となって正義党が政権からおさらばする可能性もある。それは多くの市民の現政権への失望と怒りが表面化したことを意味するものだ。

救世主が登場?

このような不安な社会情勢の中で彗星のごとく登場したのが下院議員2年目のハビエル・ミレイ氏(53)である。

同予備選挙では支持率30%でトップとなった。予想外の結果である。彼は自由至上主義(リバタリアン)を標榜する新しい政党「前進ある自由」の党首だ。米トランプ元大統領やブラジルのボルソナロ前大統領を彷彿させるようなアンチシステム主義者であり、自らを救世主のように自称している人物だ。

実際、ミレイ氏が立候補した理由を彼自身が語っているが、「神様から国の救世主になるように」というお告げを受けたそうだ。(7月23日付「パヒナ12」から引用)。

70年余り続いている高いインフレから解放されることのない市民がこれまでの既成で汚職に満ちた政治システムから抜け出す方法を模索していた。それにアンチシステムを標榜するミレイ氏に期待が集まっているということだ。

アルゼンチンの最大の問題はインフレだ。ミレイ氏はそれを法定通貨を米ドル化してインフレから解放させると説いている。ドル化によって先ず貨幣価値のないペソの流通を自然に消滅させる。それは重症患者の多量の出血(インフレ)を抑えようとするようなものだ。それによってインフレの高騰を先ず安定化させ、その後財政問題など個々に解決して行こうという考えだ。ミレイ氏は経済学者、また彼の経済政策ブレーンには著名な経済学者が加わっている。

飼い犬に相談する救世主

ミレイ氏は幾分か神秘性を備えている人物だ。小さい頃に父親から虐待され、いつもひとりで過ごす時間が多かったという。クリスマスは15年間一人で過ごした。その間もコナンという犬が彼の唯一の相手であった。

しかし、愛犬が亡くなって一人ぼっちになる辛さから、クローン技術で誕生した犬が、現在彼の相談相手だという。それぞれ犬につけた名前は、ミルトン(フリードマン)、マレー(ロスバード)、ロバート(ロバート・ルーカス)という具合に世界の自由主義を標榜する著名経済学者の名前だ。そして犬に政治、経済などを相談するのだそうだ。また、髪を整えるのに櫛は13歳の時からも使ったことはないという(8月23日付「ザ・オブジェクティブ」から引用)。

救世主には十分な議席がない

世論調査DC Consultores社によると、2100人を対象にした回答では45.8%がミレイ氏が次期大統領になると予測している。そして70.4%の人が予備選で投票した候補に本場の選挙で投票すると回答しているそうだ。(8月22日付「イ・プロフェシオナル」から引用)。

仮にミレイ氏が大統領に選出されたとしても議会の運営が容易ではない。今回上院(72)と下院(257)の半数が再選させることになっているが、現在のミレイ氏の政党が確保する議席数は下院が40議席で上院が8議席というのが予測されている。これでは彼の法案が議会で成立するのはまず無理である。

しかも、貨幣市場で米ドル化にするには9か月から2年が必要という。それまで彼の少数政党では議会を運営して行くのは不可能である。恐らく、他政党と連携する必要が出てくる。今回の3人の候補者の内のパトリシア・ブルリッチ氏を擁立している政党の背後にいるリーダーのマクリ元大統領はミレイ氏に好意をもっており、間接的にミレイ氏の為の資金集めをしているという噂もある。

10月22日の投票日まで、今後の動向が注目されている。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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