人口1000人もない小村のハルシュタットで多い日には1万3000人の旅行者が訪ねてくる。今年に入り、100万人以上の旅行者が小村を訪ねているというのだ。昔は村は静かだったが、今は観光客で溢れ、騒音が一日中うるさい、という住民の声は理解できる。
ハルシュタットのショイツ村長は、「州政治家に掛け合って何とか対策をしてほしいと要請しているが、これまで何も実行されていない。ハルシュタットは旅行者のために存在しているが、もはや私たち住民のためにではない」と嘆く。
これから観光業で町興しをと考えている都市や地域の関係者にとって、「もう観光客は来ないでくれ」というハルシュタットの住民の声を聞いてどう感じるだろうか。「贅沢な悩み」という声もあるが、そこに住んでいる住民にとっては外から来た旅行者に村が取られてしまった、という感じかもしれない(「人々が殺到する『島』と『村』の悩み」2023年8月29日参考)。
イタリア、スイス、ドイツ、フランスの観光地でも程度の差こそあれ同じような悩みを抱えている。スイス中央部の観光地ルツェルンの白鳥広場は毎日、観光客でにぎわう。人口約8万人の都市に年間約940万人の旅行者が来るが、中国人旅行者が圧倒的に多い。中国人旅行者が乗った観光バスが到着する度に、現地住民は当惑する。ルツェルンの住民の悩みもハルシュタットと同じだ。旅行者の多くは中国からの団体旅行者だ(「中国との付き合い方に悩むスイス」2018年10月26日参考)
イタリアの水の都ヴェネツィア(ベニス)では2021年、大型クルーズ船の入港が禁止された。ヴェネツィアはローマ、フィレンツェとともにイタリアの3大観光地だ。観光スポットとなったヴェネツィアで連日、大型豪華船が大量の観光客を運び込んでくる。多くは日帰り旅行だ。街は落ち着きを失い、本来の風情も失ってきた。そこで大型クルーズ船の入港を禁止することで、住民たちの生活を取り戻そうという決定が下されたわけだ。もちろん、ヴェネツィアの住民の多くは観光業を生活の糧としているから、大型クルーズ船入港禁止問題では激しい議論があったという。
ウィーンには隣国ドイツやイタリアからの旅行者が多い。コロナのパンデミック前は中国の団体旅行者が増え、ロシアの裕福な旅行者も結構多かったが、ウクライナ戦争の影響でロシア人旅行者は急減したという。「ゼロコロナ」明けでここにきて中国人旅行者が再び増えてきている。
ベートーヴェン研究家としても有名なロマン・ロランはその著書「ベートーヴェンの生涯」の中で、「ウィーンは軽佻な街だ」と評していた。観光都市は常に観光客を喜ばすイベントを開き、イベントで暮れる。観光業は町の活性化や生活のために重要だが、心が落ち着く時が少ない。
44年前、当方は米国を旅行した。ボストンからワシントン、マイアミ、ヒューストン、ロサンゼルス、サンフランシスコなど米国の中心都市を訪ね、最後はハワイまで足を延ばした。その時、一人の老女が「観光とは神の創造の光を観ることだよ」と教えてくれた。
欧州の観光の地ウィーンに住むようになってからも時々、老女の言葉を思い出す。テーマパーク化した観光ではなく、持続可能な観光を創造していかなければならないのだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
【関連記事】
・「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
・大人の発達障害検査をしに行った時の話
・反原発国はオーストリアに続け?
・SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
・強迫的に縁起をかついではいませんか?