オーストリアを初めて訪問した1980年代初頭、友人は「わが国はモーツァルトで国を維持している。天才モーツァルトら音楽家のおかげで財政赤字の半分を補填できるのだ」と説明してくれたことを思い出す。
当方は当時、「モーツァルトは生前、ウィーン貴族からは余り好意的には評価されなかったと聞くよ。モーツァルトで国をもっているのならば、国民はモーツァルトにもっと感謝しなければならないね」とちょっと皮肉交じりで答えた。

モーツァルトが生まれたザルツブルク市の風景(ザルツブルク市観光公式サイトから)
オーストリアの首都ウィーンは「音楽の都」といわれ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなどの音楽家たちの息遣いを感じることが出来るというわけで、ウィーンを訪ねてくる音楽ファンが多い。冬には、インスブルックやザルツブルクのゲレンデでスキーを楽しむ旅行者が集まってくる。
オーストリアはサマーツーリズムだけではなく、ウインターツーリズムでも観光客が訪れる文字通り、観光立国だ。そのオーストリアで目下、“オーバーツーリズム”(Overtourism)と呼ばれる現象が大きな問題となってきている。
“オーバーツーリズム”とは「特定の観光地において、訪問客の著しい増加等が、地域住民の生活や自然環境、景観等に対して受忍限度を超える負の影響をもたらしたり、観光客の満足度を著しく低下させるような状況」を意味する観光用語という(観光専門シンクタンク「JTB総合研究社」)。
“オーバーツーリズム”が騒がれ出したきっかけは、世界遺産に登録されているオーストリア中部オーバーエースターライヒ州の小規模な基礎自治体、小村ハルシュタット(Hallstatt)への観光客の殺到だ。
ハルシュッタでは8月末、住民たちが旅行者を拒否するデモ集会を行ったばかりだ。村の住民らがプラカードを持ってデモをしている様子がニュースに流れた。プラカードには「旅行者はもうごめんだ」、「我々に安息を与えてほしい」といった内容が記されている。そのプラカードを持つ住民の周辺を観光旅行の団体が通り過ぎる。