「国際勝共連合」が初めて日本共産党に向ってきたのは、1978(昭和53)年の京都府知事選だったという。革新府政を7期28年務めた蜷川虎三知事の後任を選ぶ選挙だった。保守勢力にとっては、何がなんでも勝ちたかったのだろう。そこで、「前面に立って謀略的な反共攻撃をしたのが国際勝共連合だった」と志位さんは語った。その結果、革新候補は敗退した。
最近では、2000(平成12)年の衆院選において、その動きが顕著だったという。共産党は1998(平成10)年の参院選で、820万票を取り、大躍進していた。その躍進に危機感を感じたのだろう。膨大な数の「反共ビラ」が撒かれた。
共産党としては、今回が統一教会との「最終戦争」だろう。僕がそう言うと、志位さんは「長い闘いだった」「今度は決着つけるまでとことんやりますよ」と言った。
思想、信条の自由は、もちろん守られるべきである。しかし主義主張があるならば、公の場で堂々と議論を闘わせるべきである。
信仰の自由もまた、当然守られなければならない。しかし旧統一教会が抱える、多くの問題は明らかである。
今こそ自民党は、半世紀以上続いた統一教会との悪しき関係を断ち切らねばならない。岸田内閣が、質問権を厳しく行使していけば、法人格をはく奪する、解散命令の請求まで行き着くはずである。
さまざまな抵抗や妨害はあるだろうが、岸田首相は、国民のために死に物狂いでやり遂げなければならない。
編集部より:このブログは「田原総一朗 公式ブログ」2022年11月11日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた田原氏、田原事務所に心より感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「田原総一朗 公式ブログ」をご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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