世界はここ数年、想定外の試練に直面してきた。中国発の新型コロナウイルスのパンデミック、ロシアのウクライナへの軍事侵略、それに伴うエネルギー価格の急騰、物価高騰、そして地球温暖化による気候不順などに直面し、世界経済は厳しい状況に追い込まれた。その意味で、ショルツ政権下の国民経済の低迷は自前の原因もあるが、世界情勢の影響が大きいことは間違いないだろう。
ショルツ首相が主導する連立政権は社会民主党(SPD)、環境保護政党「緑の党」、そしてリベラル派政党「自由民主党」(FDP)の3党から成るドイツ連邦初の3党連立政権だ。政党のカラーから信号機政権と呼ばれてきた。政治信条が異なる3党で結成されたショルツ政権は発足当初から政権の安定性について懸念の声があった。
そのような中で、ウクライナ戦争が始まり、ショルツ首相は「時代の転換」をキャッチフレーズに、同国の戦後の安保政策を大きく変え、軍事費増額、ウクライナへの武器供与などを実施し、欧州の盟主としての役割を果たしてきた(「ドイツもウクライナも変わった!」2023年5月09日参考)。
その一方、国内問題では、連立政権内の政策の違いなどで対立、論争が絶えなかった。例えば、ショルツ政権は今年4月15日、操業中の3基の原子力発電所のスイッチを切り、脱原発を完了し、再生可能なエネルギーへ転換したが、産業界や多くの国民は未来に対して不安、不確実性を感じ出してきた。脱原発は3党連立政権の連合協定に明記された公約の一つだったが、「緑の党」とFDPの間では最後まで対立が続いた。
ハベック副首相兼経済相は30日の記者会見で、「われわれの課題は、異なる視点が強みであることを理解し、お互いから学ぶことができ、政権中心と安定した行動能力を保つためには妥協することが良いことであることを理解することだ」と述べている。FDPのリンドナー財務相は、「我々は、叩きのめし、ねじ込みが行われる政府だ。それでノイズが生まれるが、成果も生まれてくる」と強調。それを受け、ショルツ首相は、「(政権内で)ハンマーで叩きあったり、ノックしたりするが、サイレンサーがあれば、その音は(外部には)聞こえないはずだ」と冗談を飛ばしている(ドイツ民間ニュース専門局nTvウェブサイトから)。
ショルツ政権はウクライナ戦争といった世界的出来事に直面して、戦後の政治、安保政策の転換を強いられた、というのが事実に近いだろう。4任期の通算16年間の長期政権を維持したメルケル前政権が達成できなかった大きな課題を任期2年たらずのショルツ連立政権がなしたわけだ。ショルツ首相はそれを「Zeitenwende」(時代の転換」と呼んできた。党の政策や国益といった国内の政治条件ではなく、「時代が強いた転換だ」という意味合いだろう。例えば、「緑の党」は久しく平和政党と呼ばれてきたが、同党出身のベアボック外相はウクライナへの武器供与問題ではショルツ政権内で最も熱意をもって支持してきた政治家だ。ウクライナ戦争前までは考えられなかったことだ。
RTLとntvの政党の支持バロメーターによると、今週連邦議会が選出された場合、野党第1党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)が26%でトップ、それを追って極右政党「ドイツのために選択肢」(AfD)が21%、ショルツ首相の社会民主党(SPD)17%、「緑の党」14%、FDP7%、左翼党4%だ。ショルツ連立政権3党の合計は38%で過半数を大きく下回っている。
ウクライナ戦争は長期化が避けられなくなってきた。国民のウクライナ支援にも疲れが見え出している。「時代の転換」の勢いに乗って走ってきたショルツ政権は後半の任期開始を控え、国民経済の回復に全力を投入する意向だ(「ドイツが再び『欧州の病人』になった?」2023年8月28日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年9月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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