経済安全保障の登場
1991年から1993年頃にかけて起きた株価や地価の急落を契機とした日本のバブル崩壊は、現在まで日本経済に暗い影を投げかけ、「失われた30年」とさえ言われている。日本の繁栄はもう戻ることがないなどと言われる中、政府は、米中対立を背景に経済安全保障を政策の大きな柱として掲げた。
経済安全保障とは、国家と国民の安全を経済面から確保することであり、官民学の連携と友好国との緊密な関係が求められる。世界情勢に応じて内容が大きく変化する巨大なエコシステムと言っても良いだろう。
日本政府は、2022年に経済安全保障推進法を制定し、重要物資の供給、基幹インフラの提供、先端技術の開発、特許出願の非公開などの制度を創設した。これらの制度は、日本の社会経済活動の維持に不可欠な基盤を強化し、他国に過度に依存しない状態を作ること(戦略的自律性の確保)と、日本の存在が国際社会にとって不可欠である分野を拡大していくこと(戦略的不可欠性の維持・強化・獲得)という二つの方針を実現するためのものだ。
経済安全保障という概念の中身は経済、政治、外交、技術、軍事等に関連する多種多様な政策や議論が含まれる多分野を包摂した課題と言える。従って、様々な分野の専門家や政策担当者がそれぞれの角度から議論や発言を行っているため、経済安全保障という問題そのものの全体像を把握することが難しくなっており、分野や組織ごとに優先的に対応すべき課題の整理が必要である。
日本政府は米国政府や欧州諸国などと連携し、経済安全保障政策の強化を打ち出しているものの、グローバルに事業活動を行う多くの企業にとって、経済安全保障に関連するリスクは既に顕在しており、事業の継続や将来の成長に関わる重要なリスクとなっている。
レッセフェールの終焉一部の有識者は、「経済安全保障は絶対に失敗する。例えば、マスクや医療用品は日本国内で生産してもコスト面で採算がとれない。再び中国に生産の重点は回帰するだろう」などと主張している。
確かに経済合理性の観点から言えば、まったくその通りだろう。だが、それでは世界的なパンデミックに陥った時、もしくは戦争が広域に拡大した時など、再び中国による輸出制限や買い占めが行われ、多くの国民が犠牲となる可能性が高い。経済安全保障は、そうしたリスクに対処して、国民の身体・財産を保護するために存在する。
そして政府は、単なるリスク回避や脅威対処だけではなく、新たな機会創出や価値提供も目指すべきだ。経済安全保障は、政府主導で策定されたが、政府だけでは実効性が低下する可能性があり、大学、企業や市民社会も積極的に関与することが求められる。例えば、企業は自らのビジネスモデルやサプライチェーンを見直し、自律性やレジリエンスを高めることが重要だ。
ウクライナ侵攻の拡大や台湾有事など国際情勢の不安定化が懸念される現在、敵対国の輸出入の妨害や法的規制、技術漏洩が予想され、企業が単独で自由に利潤を追求することはもはや不可能であり、政府や大学、研究機関などが強力に支援する必要がある。つまり、市場原理主義や新自由主義などを含めてレッセフェール(自由放任主義経済)は、ここに決定的に終焉したのである。
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藤谷 昌敏 1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年8月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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