驚くべきことに宿主のハエを“ゾンビ化”させて死の間際まで最大限利用し、きわめて利己的にサバイバルを図っている真菌が存在している――。
■宿主のハエを死ぬまで利用する真菌
菌が宿主であるハエをマインドコントロールし、菌が望む行動へと操っている驚くべきケースが確認されている。
その恐るべき真菌とは「E.muscae」だ。この菌に感染したショウジョウバエは“ゾンビフライ”となり、心身をハッキングされてしまうことで知られているのだが、そのメカニズムはこれまで謎に包まれていた。
首尾よくショウジョウバエに寄生したE.muscaeは酵素を使ってハエの表皮を浸食して内部に入り込み内臓を貪りながら増殖するが、ある程度の期間はハエは自由に行動できる。
しかし遂に真菌がハエの消化器系と生殖腺のほとんどを食べ尽くしてしまうと、死に近づいたハエは奇妙は行動に出るのだ。
まるで“ゾンビ”のような足取りでハエはできるだけ高い場所へと移動して“死に場所”を決めると口から粘液を滴らせ、それが接着剤として機能し口が足元にくっついて尻を高くつき上げた姿勢になるのだ。

そして死の瞬間、まるで飛び立とうかというように羽が開きピンと垂直に立ち上がる。その直後からハエの腹を突き破って増殖した真菌は周囲に胞子をバラまきはじめ、下でウロウロしているショウジョウバエに付着して新たな宿主を獲得するのである。あまりにも不気味であり真菌にとって都合の良過ぎるこの現象はいったいどのようにして起こっているというのだろうか。
今回「eLife」に掲載された新しい研究で米ハーバード大学のキャロリン・エルヤ氏は、寄生真菌であるこのE.muscaeがショウジョウバエの行動を操作する能力の背後にあるメカニズムを明らかにしている。
エルヤ氏をはじめとする研究チームは、E.muscaeに感染したショウジョウバエ(キイロショウジョウバエ)の脳の体内時計とホルモン生成システムに変化が見られることを突き止めた。
ハエが死の瞬間にとる行動は頂上を目指す山登りを意味するサミッティング(summiting)と呼ばれているのだが、研究チームによればこのサミッティングは死の2時間半前にはじまるという。つまり死の2時間半前にハエが“ゾンビフライ”になっていたのだ。
サミッティングをはじめるハエをリアルタイムで識別することは困難だったため、研究者らは機械学習を活用した。コンピュータアルゴリズムにサミッティングをはじめるハエを観察させて情報を収集し、行動に関与する遺伝子やニューロンを特定したのである。
