狂おしいほどの、愛ーー。
本当の愛を知らないまま大人になってしまった私たち。
日本の田舎に暮らす普通の小学生、真下わかば。彼女はある日、虐められていたクラスメイトの小林幸喜を助ける。それ以降、わかばと関わっていく人が次々と殺されていく。犯人は誰なのか。目的は何なのか…。犯人がわかった時、 わかばは本物の愛を知ることとなる。

『サラバ静寂』『転がるビー玉』などで知られる宇賀那健一監督が、豪華キャスト陣と挑んだサスペンスホラー&ラブロマンス『Love Will Tear Us Apart』がブリュッセル国際ファンタスティック映画祭でのワールドプレミアを経て、ついに日本上陸!
今回トカナでは、8月19日(土)の全国公開に先駆けて、本作を監督した宇賀那健一氏にインタビューを行った。はたして、宇賀那監督が作品に込めた思いとは? 意外な制作秘話や監督自身が体験した恐怖エピソードも明らかに……!

「隣人さえも愛せない奴は世界を守れない」作品に込めた思い
――本作が7本目の長編映画監督作品とのことですが、宇賀那監督はこれまでにジャンル問わず、さまざまな作品を撮られていますよね。まずは今回の作品のきっかけについてお伺いさせてください。
宇賀那健一(以下、宇賀那):いろいろあるんですけど、いろんなことがどんどんリスクヘッジして、丸くなっていってしまってることにすごく違和感を感じていたんですね。SNSとかもそうですし、言葉狩りじゃないですけど、さまざまな分野で似たような現象が起きていて、映画も昨今は無難な作品が多いような気がしていて。
本来、個の感情というものはもっと別な部分にあるものだと思うんです。たとえ弊害があったとしても「これを突き通したい!」という強固な感情が人間には絶対にあるはずで、映画はそういう面を表現してもいいものだと思う。
“セカイ系”っていう言葉が一時期流行りましたけど、社会と断絶して、個々の狭い世界で生きることに対して、なんとなく批判的な雰囲気があるじゃないですか。隣人さえも愛せない奴が世界を守ることができるわけないという持論があるので、誰かを守りたいとか愛したいっていう人間の強い気持ちにフォーカスした、ある意味では“超セカイ系”とも言えるような狂った純愛映画を作ってみたいと思ったのが、今回の作品を企画した発端のひとつでした。

――本作を拝見して、いろんな形の不器用で歪な愛情が描かれている印象を受けました。宇賀那監督の思う愛の形が反映された作品になっているということでしょうか。
宇賀那:どうしてもみんな、定型化しようとして「愛ってこういう形だよね?」っていうアプローチをしがちだと思うんですけど、実はそんなことなくて、それこそ千差万別なものであって然るべきだと思うんですよね。個々の思いにはやっぱり何かしら歪みが生じてしまうわけで、今回はその歪さごと「愛」というものを描いてみたいなと思いました。
――登場人物のなかで、特に共感できるキャラクターなどがいましたらぜひ教えてください!
宇賀那:自分で脚本も書いているので、どの役にも近い部分はありますけど、たとえば周囲で起こる理不尽な出来事に翻弄される主人公の真下わかばなんかもそうですね。本人は原因を把握することができなくて、ただ不条理に巻き込まれていくだけ。個人的にも特にコロナ禍以降、そういった感覚を強く感じているので、社会と自分の立ち位置を考えたときにすごく近いものがあると思います。
一方で、本作では不器用だけどまっすぐで強い思いを描いているので、僕の場合は映画に対する気持ちを、周囲の理解を得られずとも突き通そうとするキャラクターに重ねて共感したりだとか。特定の誰かというより、すべての登場人物に僕の思いが散りばめられてるような感じですね。
やり尽くされているからこそ、映画には新しいものを映し込みたい

――かなり深いテーマを扱われていると思うのですが、奄美大島がロケ地に使われていたりだとか視覚的なスケールも大きくて、そのうえキャラクター描写もかなり繊細ですよね。
宇賀那:そうですね。どうやって人間性を外見に落とし込むか、僕と役者、メイク部と演出部も総出で話し合ったりして決めていった部分もあるので。
――スクリーンに登場した瞬間、キャラ設定が明確に伝わってくる感じも面白かったです。ほかに監督のなかで、特にこだわったシーンというのはどのあたりでしょうか。
宇賀那:ベタですけどクライマックスですよね。感情のリミッターが振り切れるような場面なので、俳優部も相当大変だったと思いますし、僕のやりたいことを凝縮したので、造形的にもアクション的な面でも大掛かりなものになりました。そもそも今作はホラーといえど、ジャンルミックスな部分があるのでどの場面もパワーをかけているんですけど、特にラストは力を入れましたね。

――宇賀那監督といえば、俳優経験を活かして監督業をスタートされた経歴をお持ちですが、制作時に役者目線で意識することなどはありますか。
宇賀那:僕の作品すべてに共通することなんですけど、本読みはあえてやらないようにしています。
撮影前、事前に本読みをすると自分の芝居だけじゃなくて、共演者の芝居も確認できるので、それを踏まえた演技となると、面白くなくなっちゃう場合があるんですよね。それに、演じるキャラクターを何度も自分のなかで反芻しているうちに、だんだんと飽きてきちゃうものなので、なるべく鮮度を保てるようにしたいんです。
まだ撮影もしていないのに飽和した状態になるから、本人は刺激を求めて新しいことに挑戦しようとするんですけど、別にそれはこちらの求めている画ではないっていうことが、現場では頻繁に起こるんですよ。俳優だって本来は感覚的に役柄を掴んでいるはずなので、個人的にはファーストテイクが最も良いものが撮れると思っています。
――あまり何度も重ねずに、ポンっと出たものがいちばんって面白いですね! 今回、特に気に入ったシーンはどの場面ですか?
宇賀那:好きな場面は多いんですけど、やっぱりラストシーンですかね。ロマンスだったりドラマ、コメディ、ホラー、スプラッター、サスペンス……と、さまざまな要素が織り混ざりつつ、登場人物たちの感情のぶつかり合いが絶妙なバランスで芝居として成立していて、個人的にも大好きなシーンなんです。

――ストーリー的にも最後まで予測不能な展開が繰り広げられる作品ですよね。劇中では、主人公に関わる人々が次々と殺されていくわけですが、その殺し方もまたすごくユニークで衝撃的でした。
宇賀那:以前、北野武さんがインタビューで「殺し方から物語を考える」っていう話をしているのを読んで、ものすごく腑に落ちたんですよね。武器とかもそうですし、襲われ方とかもやっぱり、どうしたってやり尽くされているじゃないですか。
特に僕はホラー映画が好きなので、殺し方にはこだわりがあるほうかもしれないですけど、ホラーに限らず、スクリーンの中で新しいものを見せるにはどうしたらいいのかを考えるようにしているので、見ている人にどうやって驚きを与えるか、斬新さは常に意識するようにしています。
結局、得体の知れない人間がいちばん怖い ――大のホラー好きとのことですが、宇賀那監督の考える”恐怖”というのはどういった部分にあるのでしょうか。
宇賀那:僕、YouTubeなんかも心霊系とかオカルト系しか見ないぐらいホラーが好きで、それこそトカナ元編集長の『角由紀子のヤバい帝国』もチェックしてるぐらいなんですけど、実際はなんだかんだ言って、得たいの知れない人間が結局いちばん怖いと思うんですよね。
そういえば昔、友達の家に遊びに行く途中で、直接友人に電話で道案内してもらっているときに、ものすごく怖い体験をしたことがあって。当時はまだガラケーで、携帯の調子が悪くてカメラのライトを付けたまま通話していたら、変なおばさんに「私のこと撮ってるでしょ」って絡まれて大騒ぎされたことがあったんです。
なんとかその場を切り抜けて、翌日ニュース番組を見てたら、そのおばさんが山手線で催涙スプレーをぶちまけたらしく逮捕されていました。顔写真を見た瞬間、「昨日の人だ……!」と思ってゾッとしましたね。

宇賀那:あとは、雨の中で電話しながら歩いていたら、僕の傘の中に知らないおばさんが入っていたこともありました。話しながらなんとなく道なりに人が立っているのは認識していたんですけど、どうもすれ違った瞬間から僕にくっついてきていたみたいで。
怒っても全然どいてくれないから、電話を切ってとりあえず走って逃げたんですね。で、もう一度電話をかけ直して、「さっきは切っちゃってごめん、ヤバい人がいてさ……」って状況を説明しているうちに駅も見えてきたので胸を撫で下ろした途端、またいつの間にか傘の中に同じおばさんが入っていたみたいで……。別に何をされたわけでもないんですけど、そのときはめちゃめちゃ怖かったです。
――劇中でも、主人公のわかばが友人といっしょに「幽霊じゃない!」って叫びながら殺人鬼から逃げるシーンがありますよね。
宇賀那:実はあの場面には元ネタがあって、別作品の制作部に何でも幽霊のせいにする奴がいたんですよ。僕も幽霊って本当にいるのかもぐらいには思っているんですけど、そいつは何が起きても「あれが幽霊や!」とか言うから、ちょっとバカバカしすぎて(笑)。映画のなかでイジってやろうと思ったんですよね。
――そんな裏話があったんですね(笑)。 宇賀那監督のホラー観というのは、心霊現象というよりかはもっと現実的なものですか?
宇賀那:映画で描くぶんには幽霊も好きですよ。ただ、本当に怖いホラー映画を撮るのであれば、僕は幽霊じゃなくて人怖のほうを描くと思います。
ずっと撮ってみたいなと思いながら、まだ実現できていない企画があるんですけど、路上で手作りのおにぎりを売ってるおばあちゃんの話をやりたくて(笑)。バラバラで全然まとまっていないおにぎりを「一個100円」って掲げながら売っているおばあちゃんのいる路地が通学路になっている女の子の話で、その道を通らなきゃ学校に行けないけど、通りたくないみたいな。
――それ、すごく後味が悪いですね(笑)
宇賀那:そう!後味悪いんですよ(笑)。何も起こらないのも怖いし、突然おばあちゃんが居なくなったりしても嫌だし。個人的にオカルトは大好きなので、今後そういう作品も発表していけたらなと思っています。
