ピックアップトラックからオープンスポーツまで!ダイハツ コンパーノスパイダー(1965年)

「ラダーフレームのスポーツカーってホントにあったの!?」ダットサン フェアレディとダイハツ コンパーノスパイダー【推し車】
(画像=700ccと小排気量ながらモノコックボディで軽いパブリカコンバーチブルより170kgも重く、1,000ccツインキャブエンジンを頼りにしたコンパーノスパイダーもラダーフレーム構造のオープンスポーツで、後にグランプリレーサーのP-3へ発展。、『MOBY』より引用)

戦前からオート3輪の名門だったとはいえ、4輪車への参入はかなり後発、戦後1958年のトラック「ベスタ」が初というダイハツですが、2023年8月現在も軽オープンスポーツの「コペン」(2代目)を販売しているように、オープンスポーツにはかなり熱心なメーカー。

同社初の乗用車となった「コンパーノ」も、1963年の発売当初はライトバン、続いてワゴン、ベルリーナ(セダン)を追加していきましたが、1965年にはオープンスポーツのスパイダーとピックアップトラックを追加します。

こうした幅広いバリエーション展開を可能にしたのは、重量増を受け入れつつ旧態依然なラダーフレーム構造を採用したためで、後に親会社となるトヨタが初代パブリカ(1961年)で先進的かつ軽量なモノコックボディを採用したのとは対照的。

まだ高度経済成長期の前半、現実的な動力性能と実用的な大きさのボディ、ソコソコの価格に抑えた800cc級大衆車といっても、乗用車メーカーとしては後発、商用車メーカーとしての歴史だけが長いダイハツとしては、商用車を重視するのが当然です(※)。

(※この点は同じく戦前からオート3輪の名門だったマツダも同様で、トヨタも初代パブリカ前期型では乗用車として売り込むのにかなり苦戦している。)

そのためライトバンをメインに乗用車もスポーツカーも作る、というスタイルになりましたがさすがに重く、コンパーノスパイダーの車重790kgは、初代パブリカコンバーチブル(1963年)の620kgに対し実に170kgもオーバー!

それを補うため、1,000ccエンジンを搭載してツインキャブでチューンというフェアレディ同様の「重さはパワーで克服」という方向性で、1967年には国産車初の機会式インジェクション(燃料噴射装置)を採用した、「1000GTインジェクション」も発売しました。

コンパーノスパイダーはマカオGPに出場してクラス優勝したほか、日本グランプリにもコンパーノをベースに空力を改めたボディで参戦、全くの別ボディにDOHCエンジンを積む「P-3」へ発展しています。

1967年のトヨタ傘下入りで、ダイハツは1970年をもって軽自動車とトラック以外の独自モデルを一時中断、コンパーノスパイダーに続くオープンモデルも、軽オープンのリーザスパイダー(1991年)を待たねばなりませんでした。

※この記事内で使用している画像の著作者情報は、公開日時点のものです。

文・兵藤 忠彦/提供元・MOBY

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