これまでのデジタルレプリカは、亡くなった俳優や群衆の補完など、用途が限定されていた。品質が低かったからだ。
これは違う。品質が極めて高い。本人と見分けがつかない。主役を十分に演じられる。「デジタルレプリカは、すでに実用段階」。この事実は、ハリウッドのエキストラ俳優たちを震撼させた。
自分のデジタルレプリカも、知らないうちに作られているのでは? いや、すでに使われているのでは?そんな不安がよぎる。
制作会社は準備済み「こちらを見て。次は向こう。怖い表情をして。次は驚いた表情」
トレーラー内で風変わりな撮影が行われている。
ハリウッドのエキストラ俳優たちが、自身の顔と体をスキャンされるようになったのは、2019年ごろから。生成AIが話題になるしばらく前だ。制作会社側は、この頃から、着々と下準備を進めてきた。最近は「スキャンだけ」という仕事もあるという。
さまざまな感情を表現してその顔をスキャンされれば300ドルの報酬がもらえる、という単発の仕事まで業界内で出回っている。
(「年収800万円」の俳優がスト参加する深刻事情 ハリウッドでストをしている彼女の言い分 | 東洋経済オンライン)
自分の肖像は、すでにスキャンされてしまった。高品質デジタルレプリカが出現した。近い将来、自分のデジタルレプリカに、仕事を奪われてしまうのではないか。
こうした危機感が俳優たちをストライキに踏み切らせたのである。
争点はデジタルレプリカの扱いストライキは長期化の様相を呈している。
俳優たち(米映画俳優組合=SAG-AFTRA)が、デジタルレプリカの
「利用許諾と追加報酬」
を求めるのに対し、制作会社側(米映画テレビ製作者協会=AMPTP )は
「利用時の許諾・追加報酬は不要」 「肖像の永久使用、役者の台詞変更、新たなシーン作成などの権利は、制作側が有する」
と返す(※)。交渉は平行線のまま決裂。ストライキが始まってから1ヶ月。今のところ収束する見込みはない。
※ 米映画俳優組合の説明による。AMPTP は「使用料は俳優と協議する」と述べているが、SAG-AFTRAは「追加報酬ではない」と反論している。
デジタルレプリカ作成のためのスキャンに支払われる報酬は、93ドル(撮影半日分のギャラ)から300ドル程度と言われる。そのスキャンさえなくなる可能性がある。
合成俳優(メタヒューマン)に代替されるからだ。
複製から合成へ合成俳優(メタヒューマン)とは、複数の俳優の肖像を、AIで合成した「バーチャル俳優」のことをいう。
デジタルレプリカは「俳優のコピー」だった。合成俳優は違う。「オリジナル」だ。肖像権を持つ俳優が存在しない。どんな演技でもさせることができる。制作会社側にとって、きわめて使いやすい。

GEN-2にて生成
ロイターの報道によると、合成俳優はまだ作成されていないが、制作会社側は、今後の俳優との契約交渉で作成権利を留保するという。
デジタルレプリカどころか、合成俳優生成のための「学習素材」でしかなくなるかもしれない。ハリウッドの俳優たちの未来に暗雲が立ち込めている。
日本では合成アイドルが台頭一方、日本では、(合成俳優ならぬ)「合成アイドル」がデビューしている。集英社が企画したAIアイドル「さつきあい」だ。
「永遠のセブンティーン」
このようなキャッチフレーズで、23年5月発売の「週刊プレイボーイ(集英社)」に写真を掲載。同時に写真集「生まれたて。」も発売された。「グラビアにおける生成AIの可能性を探ること」が企画意図だという。
品質は非常に高い。かつての、バーチャルアイドルのような人工物っぽさがなく、実在する女の子にしか見えない。だが、その品質の高さが仇となり、批判を浴びることに。その多くは
「AIアイドルに、グラビアアイドルの仕事が奪われてしまうのではないか」
という懸念。
そして、
「あるタレントに水着撮影を拒まれたため、酷似した『AIアイドル』を作り、水着写真にして発売したのではないか」
という疑惑だ。SNSなどで、そのタレントと「さつきあい」の画像比較が行われる事態にまで発展した。
意図して酷似させたのかどうかは明らかではない(販売した集英社は否定)。だが、この騒動は二つの問題を浮き彫りにした。ひとつは、生成AIが、実在の人物と酷似する「バーチャル人物」を生成し、好きなように操れること。もうひとつは、肖像権・パブリシティ権侵害の「免罪符」として使われる恐れがあることだ。
批判をうけ、集英社は写真集「生まれたて。」を、発売から9日後に販売終了している。
明らかになったものハリウッドの俳優のストライキや、日本のAIアイドルの騒動を通じて明らかになったのは、
「AIを『使えば』、人間の個性や能力を引き剥がし、乱用することができてしまう」
という危険性だ。どのように使う側を律するか。どこまでAIの機械学習を許可するか。深い議論が必要となる。
【参考】
Runway raises $141 million to continue building the future of creativity Bruce Willis sells ‘digital twin’ rights to AI firm Deepcake A Bruce Willis deepfake will appear in his stead for future film projects | Engadget 『ワンダヴィジョン』のエキストラ、追加報酬なしでデジタルレプリカを作成されたと明かす 収束見えぬハリウッドのスト「追加報酬、AI規制」求め 日本の映画界では? – ひとシネマ提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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