今年1月にTBSの報道番組『news23』で放送したJA共済に関する特集企画について、BPO(放送倫理・番組向上機構)は放送倫理上の問題がなかったか審議に入ることを決めた。1月12日放送の『news23』では、農林水産省が是正を求めているJA共済のいわゆる「自爆営業」の実態について現職の職員へのインタビューを中心に報じた。映像や音声を加工して放送したが、8月4日に開かれたBPOの放送倫理検証委員会は「取材対象者の身元が分かってしまい、取材源の秘匿の原則が損なわれている」などとして審議に入ることを決めた。同委員会は「事実関係を確認したい」としている。
これは「取材限の秘匿」をどうやって守るのかというテレビ報道の原則に関係する出来事だが、なぜ身元がわかってしまったのか。問題が起きた背景には何があるのか。テレビ報道の実態に詳しい上智大学文学部新聞学科教授でジャーナリストの水島宏明氏に聞いた。
――映像や音声を加工したにもかかわらず「身バレ」してしまったのはなぜか。
水島氏 内部告発の重要な証言を放送する時に、本人だとわからないかたちで音声や映像を加工して放送することは、テレビではかなり以前から行われてきたことです。今回も元の映像を確認すると、『news 23』では証言したJAの職員については顔にボカシを入れて隠していますし、本人の声も音声にイコライザーをかけてわからないようにしています。
――それなのに、証言したJA職員の身元がバレてしまったのはなぜか。
水島氏 番組を編集する際に、証言者の顔は隠しているのですが、本人が着ている服や靴などは映像を加工していません。また、本人の体型も隠しておらず、手元もそのまま加工しないで放送しています。よく見ると、人間の「手」はそれぞれで違います。手のアップの映像で年齢や体型などもだいたいわかります。「手」の映像をそのまま使っていたので、もし職場がこの人物だろうと目星をつけて、実際に本人の手元の写真と比較すれば、個々人を特定することは難しくはありません。
取材側と内部告発者の信頼関係
――『news23』はどのように放送すればよかったのか。
水島氏 洋服や靴、手など本人の特定につながりそうなものは、すべてにボカシやモザイクを入れるなど、慎重に映像を加工すべきだったと思います。もし体型がやや小太りなど、特定につながりそうであれば、画面全体を隠すなどの加工が必要だったと思います。
――こういうふうに映像を加工する、などと事前に本人に確認したほうがよかったのか。
水島氏 もちろん、どこまでなら本人だと身バレしないのかどうかは、当の本人が一番わかっているものだと考えるべきです。そのため、こういうかたちで映像加工したなどということは、取材した側が内部告発者との間で丁寧にやりとりをするのが取材のマナーだといえます。ただ、逐一、編集前の映像を見せてしまうと一種の事前検閲にもなりかねないので、そこまではせず、事実上は信頼関係でやりとりするケースがほとんどです。
取材相手を守るということは報道機関が何よりも大事にすべきことの一つなので、今回の場合は、たとえ相手側が「この程度でいい」と言ったとしても、より慎重にすべき事案だったといえます。