あなたの予想どおり「犬種ごとの痛み感受性」は異なる

これまで、犬の痛み感受性に関する研究は、獣医師や飼い主の主観に基づいた調査方法で行われてきました。

それは、犬に痛みを与える可能性のある研究が、倫理的な観点から避けられてきたからです。

ヒト対象の研究と同様に、動物を対象とした研究にも厳しい倫理的審査があり、仮に使命感に燃えた研究者が「やってみたい」と申請しても、研究倫理委員会がNGと判断すれば、その研究は進められません。

本研究では、犬への刺激を最小限に抑えつつ、痛みの閾値を調査する量的感覚試験(QST)という手法が採用されました

これは痛みを感じない部位に対して標準化された刺激を与え、犬の反応を評価することで、痛みを感じやすさを調査する研究方法です。

使用された機材と、実験協力犬に刺激を与える様子。刺激を与える場所や機材の当て方など痛みを感じにくいように工夫され、犬が前足を動かすと終了した。
Credit: Rachel M. P. Caddiell, et al.(2023)

また、犬が痛み以外の要因によって反応する可能性も考慮し、感情反応テスト(ERTs)による行動評価も併せて実施されました。

具体的には、「新奇物体テスト(音を立てて動く猿のぬいぐるみに対する反応を観察)」と「不快そうな他人テスト(大声で電話をしている見知らぬ人に対する反応を観察)」を使って、犬の反応が観察したのです。

新奇物体テストのセットアップ。位置(A)にぬいぐるみがセットされ、50cm(B)と100cm(C)の位置に弧線を描き、接近や発声などの反応を確認した。
Credit: Rachel M. P. Caddiell, et al.(2023)

結果、どれだけ早く痛みを感じるか、どれだけの刺激で痛みを感じるかなどの痛み感受性は、犬種によって異なることがわかりました

量的感覚試験(グラフは圧力アルゴメーター法)における犬の痛み感受性閾値の比較。
Credit: Rachel M. P. Caddiell, et al.(2023)

これにより、獣医師による痛み感受性の評価と、実際の痛み閾値のデータは一致しないことがあることも明らかになりました。

たとえば、「高感度」に分類されたシベリアン・ハスキーは、各種テストによれば「中感度」に属することが示されたのです。

しかしなぜ、動物を扱うプロであるはずの獣医師の評価の方が事実と異なってしまったのでしょうか?

獣医師は「犬の痛み」を総合的にみて評価する

研究者らは、獣医師の評価は、犬種に紐づく性格や行動などを勘案して行われるため、実際の痛み感受性と差異が生じるのではないかと推察しています。

獣医師が痛みに敏感だと報告した犬種は、感情反応テストにおいて、見知らぬものや人、大きな音を避ける傾向を示したそうです。

見知らぬ人や大きな音を怖がるワンコは、獣医師から「痛み感受性が強い」と判断される傾向がみられた。
Credit: Pixabay

つまり獣医師らは、「ビビり」だったり、表現力豊かだったり、あるいは反応しやすい犬種特性を勘案したりして、「痛み感受性が高い」と判断した可能性があるのです。

一方、一般の人々は、犬種による痛みの感受性の違いを、主に犬の体格によると考える傾向があります。一般的に、大型犬はあまり敏感でなく、小型犬はより敏感だと考える傾向にあり、これらが実際の痛み感受性と合っていたというわけです。

チワワやマルチーズなどの「おチビさんたち」は痛みに敏感で、強そうなピットブルや、おおらかなレトリバー種は痛み耐性が高いという結果は、飼い主だけでなく皆が納得するものでしょう。

本研究により、犬種の特性や反応が、痛み感受性のイメージ形成に影響する可能性あることが示されました。研究者らは、「犬が痛みを感じているかどうかについての誤った認識は、治療に影響を与える可能性があるため、注意が必要です」と述べています。

研究者は今後、獣医師がどのように「犬種ごとの痛みの感じ方の印象」を形成したのかを評価することに焦点を当てたいとしています。

参考文献
A Dog’s Breed Can Affect Pain Sensitivity, But Not Necessarily The Way Your Vet May Think | NC State News
元論文
Pain sensitivity differs between dog breeds but not in the way veterinarians believe