興味深い臨死体験はスピリチュアルな体験なのか、それともサイケデリック体験なのか。その両方を体験した神経外科医がいた――。
臨死体験に続きDMT体験をした神経外科医
死の淵から生還した人、つまり臨死体験者に聞くしかない死後の世界の様子だが、臨死体験談の内容を詳しく分析してみると、幻覚剤によるサイケデリック体験に似ているのではないかという指摘が一部の専門家からなされている。
神経外科医のエベン・アレグザンダー氏は2008年に髄膜炎の治療中に昏睡状態に陥りその最中に体外離脱体験と臨死体験をした。
ベストセラーとなった自伝的著書『Proof of Heaven: A Neurosurgeon’s Journey into the Afterlife(邦題:プルーフ・オブ・ヘヴン――脳神経外科医が見た死後の世界)』(早川書房)の中でこの時の体外離脱体験と臨死体験が描写されている。同著によれば死後には完璧な輝きを放つ永遠の世界が待ち受けており、その世界には天使や雲や蝶、そして亡くなった親族達が存在していて、その中には自身の死んだ妹もいたという。
昏睡状態による脳死を体験したアレグザンダー氏は意識は脳だけの産物ではなく、意識は死後も存在し続けることを主張している。

アレグザンダー氏のこうした“スピリチュアル”寄りの見解には批判も少なくなかったのだが、英グリニッジ大学の心理学博士課程の学生であるパスカル・マイケル氏が注目しアレグザンダー氏の講演に参加した後、論文執筆のために当人に接触してインタビューを行った。
マイケル氏が話を聞いたところ、アレグザンダー氏は臨死体験の後、個人的な興味でコロラド川のヒキガエルの腺から分泌されるDMT(dimethyltryptamine、ジメチルトリプタミン)の一種であるサイケデリック物質「5-MeO-DMT」を実験として摂取したことを知らされた。つまりDMTによるサイケデリック体験をしていたのだ。
DMTは人間の脳内でも生成され、臨死体験を引き起こすともいわれているため、アレグザンダー氏が両方を体験したということは興味深い洞察を提供する可能性がある。
DMTと臨死体験はどちらも時間と空間を超越して多元宇宙を垣間見る感覚を呼び起こし、同時に一体感と愛を呼び起こした。しかし当人にとっては大きな違いもあったという。
マイケル氏の学術的な着眼点はサイケデリック体験と臨死体験の比較検証にあるため、アレグザンダー氏に興味をそそられた。一般にDMTとして知られる幻覚剤であるジメチルトリプタミンは、死の瞬間が近づくと脳に豊富に分泌される可能性があるため、臨死体験を引き起こす可能性が知られている。DMTは人間の体内で生成され、脳脊髄液中に少量存在している。
マイケル氏は臨死体験とDMTサイケデリック体験の両方を経験しているアレグザンダーなら、この2つの出来事の興味深い逸話を比較できるのではないかと考え、2019年11月にアレグザンダーにインタビューし、その後そこから得た知見について執筆した科学論文が「Frontiers in Psychology」に掲載された。
