グラーツ市長選の場合、共産党候補者は自身の給料の多くを貧困者救済に献金してきた政治家として有名だった。また、ザルツブルク州共産党は物価やエネルギーの高騰で困窮する州民の住居問題の解決に全力を投入し、家賃の高騰を防ぐ運動を繰り返してきたことで知られてきた。両者とも選挙で既成政党に批判的な有権者の支持を得て、飛躍した。
オーストリアでは連邦議会選は来年秋に実施される予定だ。共産党は連邦議会で戦後初の議席獲得を目指して動き出してきた。オーストリア共産党はマルクス主義の理論論争などにはまったく関心がない。生活苦の国民の心を掴むために集中しているのだ。その作戦はこれまで成果があったが、連邦議会選でも通用するかは不明だ。なぜならば、連邦レベルの選挙では党が全土をカバーできるだけの人材、組織、資金を有していることが重要だからだ。
ロシア軍のウクライナ侵攻以来、オーストリアは依然、10%前後のインフレ率であり、エネルギー代は例年のほぼ2倍から3倍だ。国民の多くは生活苦に陥っている。例えば、ウィーン市共産党は低所得者や年金者を対象に無料食事の提供や食糧の配布を行っている。同党のパンフレットには、「弁当箱を持参のうえで私たちのところに来てください」と書かれている。
昨年から今年にかけ「マルクス」という言葉をよく聞くようになったことは確かだが、マスクス・エンゲルスが構築した共産主義世界観に共鳴する国民が増えたわけではないのだ。国民の生活がウクライナ戦争などの影響で一層厳しくなってきたからだ。一人の老婦人は、「電気代を節約するために家では温かい料理はせず、カリタスなどの慈善グループが提供する無料食事で生き延びている」と語っていた。国民の貧困は深刻なのだ。
だから、21世紀の共産主義者は貧困下に悩む国民に向かって「再分配」問題に集中する。オーストリアのトビアス・シュヴァイガー共産党報道官のような新共産主義者は、「丁寧に社会的負担の分担」を呼びかける。「生産手段」の破棄などは絶対にテーマにしない。参考までに、オーストリア共産党では、「資本論」も「共産党宣言」も党員の必読書ではないという。
ウィーンの哲学者リシュ・ヒルン(Lisz Hirn)氏は5月25日の日刊紙スタンダートで、「新共産主義者は慈善活動に力を入れている。その無私無欲さは中世の巡回説教者を彷彿させる」と表現している。政治、経済、社会の全般を網羅する大著「資本論」をまとめたマルクスは21世紀の新共産主義者を見てどのように感じるだろうか。「革命の同志」か、それとも理論には無関心で慈善活動に熱心な「キリスト教的伝道師」のように感じ、「私の著書は不本意にも誤解されている」と嘆くだろうか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年7月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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