つまり、「ロンドン条約 第四条 廃棄物その他の物の投棄」の「付属書一 投棄を検討することができる廃棄物その他の物」は、1.で①から⑧まで投棄を検討できる物を列挙した後、3.で次のように述べている。
3. 1及び2の規定にかかわらず、国際原子力機関によって定義され、かつ、締約国によって採択され僅少レベル(すなわち、免除されるレベル)の濃度以上の放射能を有する①から⑧までに掲げる物質については、投棄の対象としてはならない。
ただし、締約国が1994年2月20日から25年以内に、また、その後は25年ごとに、適当と認める他の要因を考慮した上で、すべての放射性廃棄物その他の放射性物質(高レベルの放射性廃棄物その他の高レベル放射性物質を除く)に関する科学的な研究を完了させ、及びこの議定書の第二十二条に規定する手続きに従って当該物質の投棄の禁止について再検討することを条件とする。
海洋投棄が検討できる対象物①~⑧に「水」は含まれていない上、「付属書一」の「3.」は僅少レベルの濃度の放射性物質を含む①~⑧を「投棄の対象としてはならない」としているので、「処理水」の海洋投棄はできないと読める。
ならば、世界中の原発冷却水や福島処理水のように陸から海へ放出するという、「ロンドン条約」や「議定書」が想定していないケースをどう考えたらよいだろうか。そこで登場するのが「国連海洋法」だ。同法は、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚、公海、深海底などの海洋に関する様々な問題について包括的に規律している。
福島処理水の海洋放出が「国連海洋法」に沿うかどうかは、処理水の放出が他国に対する環境損害を発生させるレベルのものではないこと、及び同法の「第百九十二条 一般的義務」にいう「いずれの国も、海洋環境を保護し及び保全する義務を有する」ことが関係する。
具体的には、以下の「第百九十四条海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するための措置」の「1項」に整合するかどうかだ。
1 いずれの国も、あらゆる発生源からの海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するため、利用することができる実行可能な最善の手段を用い、かつ、自国の能力に応じ、単独で又は適当なときは共同して、この条約に適合するすべての必要な措置をとるものとし、また、この点に関して政策を調和させるよう努力する。
つまり、「実行可能な最善の手段注1)」であることを国際社会に認識してもらわねばならないと言うこと。世界各国が自国原発の冷却水を海に流しているのは、偏にそれが「実行可能な最善の手段」であることを世界各国が承知し、互いに暗黙のうちに了解し合っているからに他ならない。
ここでの福島処理水の課題は、それが原発の「冷却水注2)」ではなく、デブリに触れた可能性のある放射の汚染水から、ALPSによってトリチウム以外の核種を除去した「処理水」であることだ。この違いに懸念を示す学者もいる。が、「処理水」のトリチウム量は、例えば中韓の原発冷却水のそれよりも少ないことが判っている。
こうした前提を踏まえて、日本政府は腫れ物に触るように、周辺国の同意を得るべくIAEAとも相談しながら丁寧な説明を行ってきている。今回の山口発言は、こうした経緯を根底から覆しかねない危険性を孕んでいる。早期に撤回謝罪して、公職から身を引くべきだ。
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注1)駐日中国大使が4日、「海洋放出は唯一のオプションではない。最も安全・最善な対策でもない」と述べたのは「国連海洋法」のこの文言を念頭に置いていると思われる。
注2)世界で最も多い「軽水炉」から平常運転時に放出される「水」は、厳密には「冷却水」と「中性子の減速材として使われる水」で、後者にトリチウムが含まれる。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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