戦後の教育の誤り

そのようにさせたのも戦後の教育であろう。即ち、『戦争を犯したのは日本の軍部がアジアを支配しようとした軍国主義によるものだ。それが二度と起きないように平和主義を貫かねばならない。その為には二度と戦争を起こさせないと誓い、非武装中立を守らねばならない』

このような教えが戦後の教育の基本となって来た。その教えが戦後まかり通ったのは、日本が歴史的に民族闘争や外国からの侵攻を受けた経験がないからである。そして原爆を投下したのが米国であるということを忘れ、それが戦争を起こした罪によるものだといった教えがこれまでまかり通っている。

筆者はここで明確にしておくが、米国は日本を蔑視していたから日本に原爆を投下したのであって、ドイツには絶対に投下しなかった。余談になるが、筆者の母親は被爆者だ。父親の妹二人も原爆で亡くなっている。当時16歳と18歳だった。早朝、家を出たまま帰らぬ人となった。

また太平洋戦争が起きた一つの要因に、米国がフィリピンをスペインから奪いアジアへの勢力拡大に動いたのがきっかけとしてある。特に、日本が日露戦争で勝利したのをきっかけに米国は日本をアジア支配で邪魔になる国とみなすようになった。1921年のワシントン会議で米英日の主力艦の比率が5-5-3と決められた。米国が満州における日本の特別な地位を承認していたのを破棄。このように米国は少しづつ日本を窮地に追い込むように仕向けた。

それに反発して満州事変が起こり関東軍の暴走が始まった。そして中国国民党を支持する米国と外交的に対立するようになった。

即ち、日本軍だけが勝手にアジア侵略に動いたのではなく、米国がその方向に仕向けたということが戦後の教育で教えられていない。そして、米国から来た占領軍は日本が戦争に突入したのは日本軍であると洗脳し、罪意識を日本人に植え付けて行ったのである。

原爆投下も戦争を早く終わらせるためのやむを得ない手段であったとした。その前の関東大空襲。この2つの惨事は人道的に見ても犯罪行為である。それを罪悪感に洗脳された日本人は、それも日本軍が戦争したことへの報復であるとした。東京裁判に至っては戦勝国が敗戦国を裁くのは違法である。違法裁判で判決されたそれをそのまま素直に受け入れた日本人。

そして戦後は、二度とこのような過ちは犯すべきでないとして平和憲法を作った。しかし、これも進駐軍が草案したものを日本語に翻訳したようなものだ。それを今も改正することなく温存している日本。今の多くの日本人は戦後の洗脳されたままの姿でしかない。何しろ、戦争に至るまでの事実は教えられていない。しかも戦後の罪意識から生まれた教育を現在まで受けついでいる。

だから、洗脳され、しかも歴史を歪曲されて教えられた日本人には愛国意識は生まれない。極端に言えば、愛国意識を持つことは右翼であるかのように評価されることを恐れているという感させする。

そうであるが故に、「国の為に戦いますか」という質問を前に否定的に答える人が今も多くいるのは筆者は理解できる。しかし、それが意味するものは、他国から侵攻を受けても国を守るために立ち上がらないことを意味することで、すなわち日本の崩壊である。

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提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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