ロシアの民間軍事会社ワグネルの軍が24日、ロシア南部ロストフナドヌーを制圧後、首都モスクワに向かって進軍し出したというニュースが入った時、気の早い欧米メディアの中にはワグネルの指導者、エフゲニー・プリゴジン氏がロシアのプーチン大統領を打倒する反乱に乗り出したか、といった報道が流れた。

ブリコジン氏の反乱を受け、ロシア国民に呼びかけるプーチン大統領(2023年6月24日、ロシア大統領府公式サイトから)

プーチン大統領は同日午前、ロシア国民に向かってTV演説し、プリゴジン氏を「裏切者」と呼び、相応の処罰が待っていると警告を発するなど、厳しい表情で終始した。ロシア検察当局は国家転覆罪に相当する犯罪として、「氏は12年から20年の有罪判決が待っている」と早々と表明していた。

当方はドイツ民間ニュース専門放送局のライブ報道をフォローしながら、プリゴジン氏の反乱の行方を追った。ただ、ワグネルがロシア南部のロストフナドヌーを制圧したという報道を聞いて、「同市はロシア軍のウクライナ戦争での重要な戦略拠点だ。ワグネル軍がロシア正規軍の抵抗もなく簡単に制圧できるだろうか」という腑に落ちない思いが湧いてきた。ワグネルは2万5000人の兵力を有しているが、ロシア軍南部軍管区司令部がある重要拠点ロストフナドヌーを簡単に制圧できるとは考えられないからだ。ロシア正規軍との衝突といったニュースは流れてこないのだ。

ドイツの著名な政治学者トーマス・イェーガー教授は、「ワグネルがモスクワに向かった時、ロシア正規軍は抵抗せずに静観していたのではないか。さもなければ。ワグネル軍が簡単にモスクワに向かうことはできない」と解説していた。鋭い指摘だ。ロシア正規軍内の指導者の中に、プーチン大統領のウクライナ戦争に批判的か、その戦略に不満なものがプリゴジン氏と連携し、モスクワ進軍を間接的に支援しているのではないか、という憶測が生まれてくるのだ。例えば、ロシア空軍がモスクワに進行するワグネル軍の車両に空爆せずに静観していたのはなぜか。

プリゴジン氏はウクライナ東部バフムート戦線で武器不足のためロシア軍、国防省に武器の補充を要請するなど、同氏とロシアのセルゲイ・ショイグ国防相との間には対立があるといわれてきた。プリゴジン氏が23日、反乱に乗り出した直接の契機は、ロシア軍がワグネル軍を攻撃し、多数の死傷者を出したことに、プリゴジン氏が怒りを爆発させたからだと一部で報じられている。そのプリゴジン氏とロシア軍内の一部の指導者が連携して反プーチン体制で結束したのではないか、というシナリオだ。

しかし、ワグネル軍がモスクワまであと100キロ余りに迫った時、新しい展開が出てきた。プリゴジン氏がモスクワ進軍を断念し、ワグネル軍に撤回を命令。本人はベラルーシに亡命することで、プーチン大統領、プリゴジン氏、その仲介者に入ったベラルーシのルカシェンコ大統領の間で合意したというのだ。この急転回で、プリゴジン氏の反乱はあっけなく幕を閉じた。