
NHKより
2023年6月20日の朝日新聞記事(「東急向けの保険でカルテルの疑い 金融庁、東京海上などに報告命令」)より。
東京海上日動火災保険など損保大手4社が、私鉄大手の東急グループ向けの火災保険の保険料を事前に調整した疑いがあるとして、金融庁が報告徴求命令を出したことがわかった。不当な取引制限(カルテル)が確認されれば、公正取引委員会と調整し、処分を検討する。
筆者は過去に、損害保険会社による機械保険の料率カルテル事件について裁判例解説を書いたことがあり(楠茂樹「保険制度の特殊性と課徴金額算定」公正取引618号78頁(2002年))、それ以降、この分野には少なくない関心を抱いてきたが、書き物としてはしばらく遠ざかっていた。
飛び込んできたこの保険関連のニュースのコメント欄を見て、「この手の調整は必ずしもストレートに不当だとは言い難い」といった趣旨のものが少なくなかったので、この問題に関心を寄せる一個人として速報的に触れることとした。
企業向けの火災保険は保険会社にとってもリスクが大きいので、1社が全部担うのではなく複数が分担して引き受けることが多い。そして、保険料は過去の保険金支払い等の実績からリスクを考えながら決めるが、幹事社の提示する保険料を基準に各社が判断することもあるという(同記事より)。
与えられた情報が断片的で筆者にとって推測の域を超えない部分が少なくないが、現段階で考え得るポイントをいくつか示しておきたい(あくまでも個人として気になるポイントであって、それが本件の本筋的な議論ではないかもしれないことは予め断っておく)。
第一に、幹事社の提示する保険料を目安に各社が「各々の判断」で料金を決めているのか、「調整」といわれる何かがあったのか、である。報道の限りでは、調整のための「+α」の行為があった(競争制限を導く情報交換活動あるいは料金設定に係る合意)ように見えるが、そこはどうなのだろうか。結果的に似たような料金になるだけでは競争制限に向けた行為としては足りない。
※追加された報道によれば、納得のいかない高い保険料について東急側から問題を指摘された東京海上は社内調査の結果、不適切な行為があったことを認識、改めて保険料の提示をし直したとのことである。(2023年6月20日朝日新聞記事より)
第二に、何らかの調整活動があったとして、このようなタイプの調整は保険サービスの提供のために不可避の前提になるかどうか。共同型の保険サービスの場合、この種の調整がないと何らかの支障が生じるのか。構造的な「何か」があるのであれば、それは調整の正当化要因として評価できるかもしれない。ただ、保険会社側は不適切な行為の存在を認めているとのことなので、現段階ではこの種の反論は考えていないだろう。
第三に、競争が激化して企業にとって割の合わない事業になればそもそも引き受け手がいなくなる、という指摘が散見される点について。競争制限を認めなければ困るのは取引相手の方だという主張は、官公需の世界で(入札談合を認めよという文脈で)かつてはそれなりに通用してきたものだが、今では通用しない。民需も同様だろう。独占禁止法は競争手続が国民経済の発展のために最もよい手法であることを前提にしている。もちろん相手方が調整に同意しているのであれば別であるが、今回のケースではそれは考え難い。
第四に、仮に競争が相手方にとって望ましくない結果をもたらすことが明白で、かつそれが公益的な観点から許し難い結果を招くのであれば、その種の事業における競争制限について明確に適用射程外として扱うべきであり、それを公正取引委員会なりと事前に相談しておくべき話である。
第五に、調整活動についてそのような対応がなされていない中で、ケースが生じてしまった以上、保険会社側としては「競争の実質的制限」なり「公共の利益」なりの要件においてディフェンスを行うことになるだろう。それなりの材料があるかどうか。リニア談合事件や五輪談合事件と比較しても面白い。
第六に、このケースはどこまでの広がりを見せるだろうか。すでに名前のあがっている電鉄会社以外の案件でも同様のケースがあるのであれば、個別の取引を超えて市場全体への影響が認定し易く、その分独占禁止法との距離が近くなる。