■1人の有能な科学者が大砲に魅了されるまで

ジェラルド・ブル 画像は「Wikipedia」より引用 科学者は名をジェラルド・ヴィンセント・ブルという。1928年、カナダのオンタリオ州ノースベイで生まれたブルは、幼少期より模型飛行機作りに熱中し、16歳でトロント大学の航空工学部に学んだ。1949年、カナダ国防省国防研究評議会の資金提供でトロント大学に航空工学研究所が設立されると、ブルはここで超音速機用実験風洞の研究に従事。続いてカナダ国産の短距離ミサイル、「ベルベット・グローブ(Velvet Glove)」の開発にも関わっている。その傍ら、ブルは弱冠23歳にしてトロント大学から工学博士号を得ており、これは同大学の最年少記録で、現在も破られていない。
ミサイル開発に携わるブルは、開発主体であるカナダ武器研究開発機構(CARDE)に対し、新しく実験用風洞の建設を提案したが、あまりにも費用がかかりすぎるとして認められなかった。一方、CADREの砲兵たちはこう主張していた。
「風洞なんか作るより、大砲でミサイルの模型をブッ飛ばせばずっと安くデータがとれるぜ」
この言葉が、ブルの人生を大きく変えてしまう。以来、彼は大砲を用いた弾道実験に邁進するようになった。その方法は、ミサイルの模型を保護容器に入れて大砲で射出するというもので、容器は発射直後に飛散するようにできていた。標的に向かって内部の模型だけが超音速で飛んで行く仕組みだ。

HARPの残骸(アタッチメント) 写真提供:羽仁礼
バルバドスとHARP実験
この頃、アメリカのアーサー・トルドー将軍がカナダを訪れ、ブルの実験を知って大いに関心を持った。こうしてブルは、カナダの軍部だけでなく、アメリカ軍にも人脈を広げて莫大な資金援助を得ることになった。

HARP16インチ砲 画像は「Wikipedia」より引用 さらに彼は、バルバドス自治政府のエロール・バロウ首相の同意までとりつけて、1961年から同地で「高々度研究計画(High Altitude Research Program:HARP)」と呼ぶ一連の実験を開始したのだ。
HARPは、巨大な大砲を用いて宇宙空間に物体を打ち上げることを目的としていた。この計画が成功すれば、巨大な宇宙ロケットを建設するよりもずっと安価な費用で衛星を打ち上げることが可能になるはずだった。
ブルは、何度も改良を重ねながら実験を繰り返し、ついには戦艦用の41ミリ砲を継ぎ合わせて全長40メートルにも達する巨大砲を作り、何千回と発射実験を行った。ブルは後にカナダとアメリカでも同様の実験を行い、重さ180キログラムの物体を高度180キロの宇宙空間まで到達させることに成功した。しかし、衛星打ち上げという当初の目的は達することができず、HARP計画は1968年に打ち切られた。
フセインと作った「バビロン砲」と謎の死

輸出が問題視された「G5 155mm榴弾砲」 画像は「Wikipedia」より引用 その後、ブルは射出兵器の専門家として、各種の新しい大砲や砲弾の設計を行った。アメリカだけでなくイスラエルや南アフリカなど、世界各国が彼の顧客となった。この成果が認められ、ブルにはアメリカ国籍が授与された。しかし1980年、当時は経済制裁下にあった南アフリカに榴弾砲を輸出したとして逮捕され、出所後はベルギーに拠点を移す。それでも彼は、世界各国を相手に武器設計の仕事を続けた。
この頃のブルに接触したのが、かつてイラクの独裁者であったサダム・フセイン大統領である。フセインはブルのHARP計画に目をつけ、それを上回る巨大な大砲の設計を依頼した。名付けて「バビロン計画」である。かつてイスラエルを征服した新バビロニア王、ネブカドネザル2世に自らをなぞらえる、自身の野望を込めた命名だった。この計画が完了すれば、全長150メートル、口径1メートルもある超巨大砲が、イスラエルやイランはもちろん、理論的にはアメリカ本土さえ射程に収めるはずだった。

今は残骸と化したHARP 画像は「Wikipedia」より引用 しかし、1990年3月、ブルはベルギーの事務所前で射殺死体となって発見される。バビロン計画自体はすでに動き出していたが、イギリスの税関で“石油パイプラインの一部”と称する部品が摘発されたことからフセインの野望が発覚。建設途上だった超巨大砲、通称「バビロン砲」も1991年の湾岸戦争の後処理の一環として破壊された。

英国立武器防具博物館(ポーツマス)に保存されている「バビロン砲」の一部 画像は「Wikipedia」より引用 バビロン砲は、フレデリック・フォーサイスのスパイ小説『神の拳』の主題ともなっているが、ブルを暗殺したのが誰かは、今もって謎に包まれたままである。イスラエルの諜報機関、モサドの仕業という説も巷間に流布しているが、そもそもモサドは民間人は殺害しない。
一方、ブルの遺産ともいえる巨大砲の残骸は、今もバルバドス南東部、パラゴン地区の海岸にある軍事基地の中に、ひっそりと眠っている。まるで悲運の天才科学者の墓標であるかのように。
文=羽仁礼
羽仁礼
一般社団法人潜在科学研究所主任研究員、ASIOS創設会員、 TOCANA上席研究員、ノンフィクション作家、占星術研究家、 中東研究家、元外交官。著書に『図解 UFO (F‐Files No.14)』(新紀元社、桜井 慎太郎名義)、『世界のオカルト遺産 調べてきました』(彩図社、松岡信宏名義)ほか多数。
・羽仁礼名義の書籍一覧
提供元・TOCANA
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