先週の日銀金融政策決定会合も現状維持だった。これに対して「異常な緩和路線を安易に継続するものだ」という批判も強い。たしかにYCC(長短金利操作)が金融市場をゆがめることは好ましくないが、植田総裁は政策転換しない。彼は5月の講演でこうのべた。

拙速な政策転換を行うことで、ようやくみえてきた2%達成の「芽」を摘んでしまうことになった場合のコストはきわめて大きいと考えられます。逆方向の、政策転換が遅れて2%を超える物価上昇率が持続してしまうリスクもありますが、こうした2%の定着を十分に見極めるまで基調的なインフレ率の上昇を「待つことのコスト」は、前者に比べれば大きくないと思われます。

インフレのメリットとは何だろうか。よくあげられるのは、次の二つの問題を解決することである。

名目金利の非負制約:自然利子率(均衡実質金利)がマイナスのとき、インフレで実質金利がマイナスになる 賃金の下方硬直性:名目賃金を下げることは困難だが、インフレで実質賃金が下がる

もう一つの(あまり語られない)メリットがある。それは全国民に一律のインフレ税をかけ、政府債務を減らすことだ。名目政府債務1270兆円の実質価値は、2%のインフレで25兆円減る。毎年2%のインフレが続けば、消費税率を12%ポイント上げるのと同じ実質債務の削減になるのだ。

だから「インフレは不公平だ」という批判は誤っている。少なくとも理論的には、インフレは金融資産への一律課税だから、Lucas-Stokeyのいうように(ラムゼーの意味での)最適課税になる。所得分配も、金持ちの預金が目減りするので(相対的には)公平になる。

世代間の所得分配も公平になる。社会保障給付の減額は政治的に困難だが、インフレで実質的に減額できる。年金はマクロ経済スライドで名目支給額が上がるが、それ以外の政府の補助金や交付金はすべて名目ベースなので、実質額はインフレで減る。