もしも世界中のすべての時計や時を表示するガジェットがあるタイミングで一斉に止まってしまったらこの世界はどうなるのだろうか――。
もし世界中の時計が一斉に止まったら?
携帯電話が普及してきた頃から腕時計は必ずしも必須アイテムではなくなっているが、スマホなどを含めて時間を表示するガジェットやアイテムがあるタイミングで世界中から一斉に失われてしまった場合、現在の人類社会はどのような様相を呈するのだろうか。生理学者でライターのジェニー・エンディノ氏がウェブメディア「FIY」に寄稿した記事で興味深い考察を行っている。
エンディノ氏によればもしそうなった場合、初期の段階で大きな社会的混乱が起こるという。確かにそれは火を見るよりも明らかである。
電車やバス、飛行機などの公共交通機関の時刻表が意味をなさなくなり、仕事面ではアポイントメントの時刻が設定できなくなって混乱をきわめ、学校でも登校時間や時間割が次第に崩れてくる。

社会が大混乱に陥ることは必至だが、いつまで経っても時計が時を刻まないことを身に沁みて理解すれば、不承不承ながらも人々はその状況に適応せざるを得ない。
そこで鍵となるのが素朴にも1日の日の出と日の入りに基づく概日(circadian)であり、それに沿った「体内時計」である。
我々は体内時計に基づく主観的な時間感覚と、昼と夜の自然なサイクルをすり合わせながら活動を行うようになるだろう。時計が発明される以前の祖先と同じように、1日の間の光と闇のグラデーションのパターンに否応なく適応するようになる。
そして時計のない世界では、「タイムゾーン(標準時)」という概念が意味を失い、すべてがローカルタイム(現地時間)となる。その地域ごとに日の出と日の入りに基づいて自然に時間帯が分割されていく。たとえば江戸時代のように昼と夜をそれぞれ六つに分けて「明け六つ」などの呼び名をつけ、1日のうちのだいたいの時間帯を示す共通認識を人々の間で育むようになるだろう。
そして電話などの通信手段は依然として混乱したままで、外国などの遠く離れた場所との通信やアポイントメントが困難を極めるだろう。グローバルに活動する企業や組織は、異なる地域での活動を調整するための代替方法を見つける必要に迫られてくる。
商取引の世界も同様に変革を迎えることになる。労働時間、請求サイクル、金融取引などのチェック体制の精度が低下することで企業は時間ベースの業務を追跡し、従業員のスケジュールを管理する新しい方法を考案しなければならない。契約交渉や期限の遵守は固定されたスケジュールではなく相互理解に依存することになり、より流動的になっていく。
それまでのビジネスを知っていた人々にしてみればきわめて仕事がし難い環境になることは間違いないが、現実を認めてしまえばゆっくり落ち着いて仕事ができることにもなりそうだ。
