サウジはイスラム教スンニ派の盟主であり、イランはスンニ派と対立するシーア派の代表国だ。スンニ派とシーア派の宗派間の対立がこれまで延々と続いてきた。その両国が突然、中国の仲介を受け、急接近してきたのだ。世界が驚くのは当然だろう。
スンニ派イスラム教徒が多数派を占める世界最大の石油輸出国であるサウジと、核計画を推進するシーア派のイランとの間の和解は、数十年にわたり紛争と対立が続いてきた中東地域の「バランス・オブ・パワー」を再形成する可能性がある。ちなみに、イランのライシ大統領は今年2月14日から3日間の日程で習近平主席の招きを受けて北京を訪問したばかりだ(「中・イランは『収益性高い価値連鎖』?」2023年2月18日参考)。
そして中国はここにきて「中東の核心問題」と受け取られてきたイスラエルとパレスチナの紛争問題の仲介にも意欲を見せてきたのだ。パレスチナ自治政府のアッバス議長が13日から16日まで中国を公式訪問する。イスラエルが湾岸諸国(UAE、バーレーン)や北アフリカ諸国(スーダン、モロッコ)との外交関係を改善してきたこともあって、アラブ諸国ではパレスチナ問題に対する関心度が薄れてきた矢先だ。それだけにアッバス議長にとって中国訪問はパレスチナ問題を再び国際政治の舞台に浮上させる絶好のチャンスとなる、という計算があるだろう。
一方、イスラエルではネタニヤフ右派政権が司法改革で国民から激しい批判を受け、大規模な抗議デモが発生し、ネタニヤフ政権は対策に苦慮している。そのような時、中国共産党政権がイスラエルとパレスチナの仲介役に乗り出してきたのだ。中国の仲介外交はタイミングがいい。米国主導のイスラエル寄りの仲介に不信感が強い中東アラブ諸国にとって、中国の中東外交が歓迎される土壌が生まれてきたわけだ。
それでは中国主導の中東外交に問題がないか、というとそうとは言えない。中国は共産党政権であり、その宗教政策は無神論を国是とする全体主義国だ。一方、中東は主にイスラム教を国是とする宗教国が多い。本来、水と油の関係だ。
調停役を演じる中国の習近平国家主席は、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調する一方、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告してきた。具体的には、キリスト教、イスラム教など世界宗教に所属する信者たちには「同化政策による中国化」を進めているのだ。
例えば、中国新疆ウイグル自治区のウイグル人は主にイスラム教徒でスンニ派が多い。イラン(シーア派)にとってはイスラム教の兄弟だ。そのウイグル人を中国共産党政権は弾圧し、強制的に再教育キャンプに送っている。中国共産党政権のウイグル人弾圧をイスラム国家はいつまでも黙認できるだろうか、といった素朴な疑問が湧いてくるのだ。
中国共産党政権がサウジ・イラン間の関係改善、イスラエルとパレスチナ間の紛争解決で目に見える成果を上げることができれば、中国の中東外交は世界から評価されるだろう。中国の国際的威信も高まることは間違いないが、決して容易な課題ではない。一歩間違えれば、ウイグル人問題がきっかけで中東諸国で中国共産党政権への批判が高まるかもしれないからだ(「起こるべきして起きた騒動」2023年4月24日参考)。アッバス議長の訪中の成果が注目される。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年6月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。