
3月、スイスの大手金融機関クレディ・スイスが経営不振に陥り、世界の金融業界は緊張に包まれた。結果、スイスの同業UBSに吸収合併されことなきを得たが、その渦中で大損を被った投資家がいる。国内大手証券の三菱UFJモルガン・スタンレー証券(以下「MS」)の仲介で、クレディ・スイスが発行した「AT1債」を購入した投資家は投資資金の「無価値化」、つまり全損に見舞われた。
報道によると、MSは950億円分のAT1債を販売。購入した人の多くは、グループ企業である三菱UFJ銀行から取次を受けた富裕層や高齢者だった。なかには勧誘を受けて、2000万円をAT1債につぎ込んだケースもあったという。
AT1債は「たちの悪いハイリスク・ハイリターン」商品
AT1債とは、株式と債券の中間の性格を持つ「劣後債」の一種。発行する銀行の自己資本比率が規定以下まで低下すると、株式に転換されて銀行の資本増強に使われる決まりだ。そうなれば金利をもらえなくなるばかりか、経営再建に成功するまで下がり切った株を持ち続けるか底値で損切りするかの判断を迫られる。
今回クレディ・スイスは、金融当局が関与して破綻処理が進められたため、投資家にとってはさらに厳しいケースとなった。救済先であるUBSに対して、金融当局は損失補填の保証を提供。スイス国民の理解を得るため、投資家が犠牲となりクレディ・スイスのAT1債は無価値化されることになった。
AT1債は元本を失うリスクがある一方、平時は普通の社債よりも高金利であり、投資家の需要は強かった。クレディ・スイスは2022年に10%近い金利でAT1債を発行しており、MSに勧誘された人々もこれに魅力を感じて投資した形だ。
大手金融機関が勧める「仕組債」で損をする投資家が続出
本来、投資にはリターンを得るチャンスがある反面、損失を被るリスクはつきものである。ところが今回、報道によると、MSからクレディ・スイスのAT1債を購入した投資家の間で、同社に対して集団で訴訟を提起する動きがあるという。スイスの金融当局が支援した場合にAT1債が無価値化されるという取り決め(「トリガー条項」)について、購入者はMSの販売担当者から明確な説明を受けていなかったというのだ。真相は今後の裁判などで明らかになる可能性がある。とはいえ、裁判には長い年月と少なくない費用がかかるうえ、被害が全額保証になるとも限らない。
実は以前から、大手銀行や地方銀行、証券会社などに勧誘を受け、購入した商品で多額の損失を抱えるケースは少なくなかった。その代表格が「仕組債」だ。仕組債は債券の形をとって販売されるが、デリバティブ(金融派生商品)と組み合わせて、投資家が魅力を感じるような特性に仕立て上げられる。たとえば、通常の銀行預金や社債より高い金利を安定的にもらえるという触れ込みで、その反面、デリバティブによって関連付けられた企業の株価次第で債券の価値が大きく変動するといった形だ。
損失を被るような株価の変動は過去にはほぼ起こりませんでした、と言われれば知識のない投資家は信じてしまう。ところがそれが現実となり、トラブル化する例が後を絶たなかった。2022年8月には、金融庁が仕組債に対する監督を強めることを「2022事務年度金融行政方針」において明らかにした。