ダム決壊による周辺住民の飲料水の確保も重要だが、生態系への被害のリスクもある。キエフの大統領府によると、150トンの機械油がドニプロ川に流入し、さらに300トンの油が川を汚染する危険性もあるという。また、ロシア軍が敷いた地雷の影響も懸念される。
ドニプロ川沿いで水力発電所を運営する国営企業ウクルハイドロエネルゴによると、「発電所への修復は不可能だ」という。その理由は「タービン室が内側から爆破されて完全に破壊されたためだ」という。「タービン室が内側から爆破された」という情報は、ダムが水位の急上昇(14メートルから17メートルの急上昇)で耐えられず、破壊されたという説を完全に否定することになる。
最後に、誰がダムを破壊したかだ。ロシア側は、ウクライナのミサイルがダムを破壊したと主張している。ロシア国家院外務委員会のレオニード・スルツキー委員長は「西側諸国が攻撃に関与した」と非難した。証拠は上げていない。ロシアのショイグ国防相は「キーウ政権はこの地域におけるロシアの攻撃を弱体化させるためにダムを爆破した」と述べるだけに留めている。
それではダムの決壊がウクライナ軍の反撃にどのような影響を与えるだろうか。川の東岸は洪水前から大部分が海綿状の地形で構成されているため、戦車など重機で川を渡ることは元々困難だったが、ダムの破壊により、さらに困難になることは間違いないが、ロシア軍にとっても不利だ。ドニプロ川東岸はウクライナ支配地域よりも洪水の被害が大きく、川沿いのロシアの防衛線が弱まるからだ。
ウクライナの軍事アナリスト、オレクサンドル・コバレンコ氏はRBKウクライナポータルで、「ウクライナ軍にとってヘルソンの前線エリアはおそらく攻撃の中心戦域に指定されておらず、爆発はロシアがウクライナの攻撃計画に無知だったことを証明している。ダムの爆発でロシア軍の防衛陣地が水浸しになるうえ、クリミアへの水の供給が制限されるから、ウクライナ軍の攻撃を受けたロシア軍部隊がそこへ撤退する場合い難しくなる」(「ツァイト・オンライン6月6日記事)というのだ。
最後に、カホフカ水力発電所のダムの爆発について、ロシアのプーチン大統領は、「なんという野蛮行為だ!」とウクライナ側を批判している。ダム爆発がロシア側の仕業とすれば、プーチン氏のこの発言は信じられないような大嘘だ。それとも、プーチン氏はロシア軍指導部や情報機関から正確な情報を知らされないような状況に置かれているのだろうか。
なお、朝鮮半島で南北間の軍事緊張が高まった時、北朝鮮は金剛山ダムを破壊してソウルを大洪水に陥れる、といった情報が流れたことがあった。洋の東西を問わず、独裁者は必要となれば「ダムの破壊」を戦争の武器に利用しようとするのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年6月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。