「探偵学において、足跡の鑑定ほど重要でありながら忘れられている技術はない」

これは世界一有名な探偵シャーロック・ホームズの台詞ですが、古生物学の世界にはホームズも唸るような足跡鑑定技術を持つ研究者たちが大勢います。

科学誌『Quaternary Science Reviews』のVolume 249に掲載されたイギリス・ボーンマス大学の研究では、これまで発見された中で最長となる約1.5kmにも及ぶ先史時代の人間の足跡について詳細な分析を報告しています。

その足跡は、おそらく女性のものと思われ子供を抱えてかなり急いで荒野を進んでいたようです。

そこにはもはや知るすべのない古代の物語が隠されているのかもしれません。

目次
ぬかるんだ泥に残された最長の足跡
子供連れだったが、帰りにはいなくなっていた

ぬかるんだ泥に残された最長の足跡

1万年以上前の「母と子どもの足跡の化石」から親子がたどった旅路が明らかに
(画像=発見された足跡。(左)はっきり確認できる足跡の1つ。(中央)子供を一旦降ろしたような跡。(右)足跡のサイズからは小柄な女性だったと推測される。 / Credit:M Bennett, Bournemouth University、『ナゾロジー』より引用)

今回報告された足跡はアメリカ・ニューメキシコ州のホワイトサンズ国立公園から発見されました。

足跡はブラヤ湖の湖底から見つかっています。プラヤ湖というのは、雨が降ったときだけできる一過性の水域のことで、普段は砂や粘土に覆われた平らな土地です。

この足跡の化石で注目されたのは、その直線的なコースと痕跡の残る長さです。足跡は少なくとも1.5kmも続いていて、これは、今まで見つかった足跡化石としても最長のものです。そして、足跡はコースを逸脱することなく真っ直ぐに続いていました。

さらにこの人物は1度進んだ後、数時間後に戻ってきたと思われ、往路と帰路2つの足跡が残されていました。

年代は氷河期の終わり約11,550年前から13,000年前のものだと推定されます。

足跡には滑ったような跡や、水たまりを避けたと思われる跡があり、地面はぬかるんでいて足跡の主はかなり疲れていたようです。

その歩行速度は毎秒1.7メートル以上だったと推定されます。通常の快適な歩行速度は毎秒1.2~1.5メートルとされているので、この人物はかなり足早に急いでいたことが伺えます。

足跡は非常に小さく、小柄な成人女性または思春期の男性だった可能性が高いと考えられます。

子供連れだったが、帰りにはいなくなっていた

1万年以上前の「母と子どもの足跡の化石」から親子がたどった旅路が明らかに
(画像=足跡の3Dスキャン画像。片側に荷重がかかっていたような独特の湾曲形状と跡の深さが見られる。これは子供を抱えていたためと考えられる。 / Credit:Bournemouth University、『ナゾロジー』より引用)

往路の中には、いくつか小さな子供の足跡が残されていました。研究者はこの痕跡から、スーパーマーケットなどで子供抱える疲れた母親の姿が連想されるといいます。

この人物は2歳未満の子供を抱えていたと思われ、時折降ろして抱き直したり、地面に立たせて小休憩をとっていたようです。

足跡の3Dスキャン画像の分析からも、この事実は伺えます。

足跡は片側に負荷がかかったような独特の湾曲した形状を残しています。これはなにか重いものを抱えて歩いていたために作られた痕跡で、その荷物はおそらく子供だったのでしょう。

しかし、数時間後にこの人物が戻ってきた帰路には、定期的な子供の足跡も、何かを抱えるような痕跡も残っていませんでした。