黒坂岳央です。

過去、読書をして衝撃を受けた一文がある。「ほとんどの人は、本来自分が持っている実力より遥かに小さな世界を生きて人生を閉じる」というものである。どの本に書かれていたかは思い出せないが、10年以上前に拾ったこのフレーズは事あるごとに今でも思い出すことがある。

この一文で言いたいことは「一生涯の時間をかけて探しても、自分の才能を見つけて活用することは大変難しい」ということである。自分自身、とびきり優秀とは思わないが、運良く時間を忘れて没頭できる分野を見つけることができそれが飯の種になっている感覚がある。その体験から持論を取り上げたい。

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3人の違う人から褒められた能力

これは完全に独断と偏見なのだが、3人の違う人間から「あなたのそれいいね、すごいね」と褒められた部分は才能である可能性がある。自分では普通と思っていても、他人からは普通ではないということだ。

自分は昔から読書が好きだった。だが人前で話したり、人目に触れる場所で文章を書くことはほとんどなかった。しかし、今の妻と付き合っている時、度々「あなたの書く文章から強力な引力を感じることが多い。文章を書くのが楽しいなら、完全にメインの仕事にしてしまえばいいのでは?」と言われた経験があった。

その言葉に気を良くしたというのもあり、会社員時代に社内でエッセイコンテストがあったので気まぐれで応募してみた。その結果、審査員から大変褒められて社内ツアーに無料招待されることになり、東北旅行に行ってエコビジネスの分野のエヴァンジェリストとして参加させてもらった。その他にも文章を書いて応募すると、驚くほどスムーズに企画で取り上げられることが何度かあった。

「もしかしたら、自分の文章は社会に通用するのかもしれない」、このように手前味噌でおこがましい勘違いから、あちこちメディアに記事を寄稿して今はこの記事を書いている。自分で特別うまいとは思わないが、批判、称賛、炎上と様々紆余曲折を経験しながら、なんだかんだ6年間以上もしつこく書き続けられているのは「好き」という才能があったからだと思っている。他者からの評価がなかったら人の目に触れる場所で書こうと思わなかった。

一人に褒められただけならお世辞かもしれないが、複数の人間から褒められたらそれはあなたの才能なのかもしれない。