この討論番組では初代ブッシュ大統領の首席補佐官だった保守派のジョン・スヌヌ氏とリベラル派の政治評論家のマイケル・キンズレー氏が進行役だった。そして広島と長崎の両方への原爆投下作戦に加わった唯一のアメリカ軍人として知られたチャールズ・スウィーニー退役将軍が登場した。私はおこがましくも日本側の主張役として招かれていた。
2人の進行役の論客は冒頭から私をにらむように「原爆投下は日本の戦意をくじき、戦争を早く終わらせるために必要だった」(スヌヌ氏)とか、「真珠湾をだまし討ちした日本軍は原爆を持っていたら必ず使っただろう」(キンズレー氏)と迫ってきた。
そしてスウィーニー氏も「日本本土上陸作戦で予測された戦死者数を考えれば、原爆投下は適切だった」と述べたのだった。同氏は、当時の日本軍の徹底抗戦ぶりや国家首脳部の「一億総玉砕」の宣言をあげて、原爆がいかに多くの人命を救ったかという主張を語った。その語調はきわめて冷静だった。
その後に発言を求められた私は日本人としての当然の反論を必死で語った。
日本の降伏は当時すでに確実視されていた。とくに2発目の長崎への投下は不必要だった。日本側に原爆の威力を示すのならば無人島や過疎地にでも投下できた。
そんな主旨を民間人の無差別殺傷という非人道的な特徴と合わせて説いたが、米側3人の怒涛のような議論に対しどれほどの説得力があったかはわからなかった。
いまここで30年前の古い討論を持ちだすのは、アメリカ側の認識が現在も基本は変わっていないからである。日本の理想も外部世界のこうした現実を無視はできないだろう。現に日本が岸田文雄首相を先頭に訴える核兵器全廃の理想的な主張は現実になんの実効も生んでいないからだ。
北朝鮮の核兵器開発への一貫した動きはまさに核全廃の主張への侮辱的な逆行である。中国の核弾頭の大増加も日本の訴えの完全な無視である。しかし日本の反核運動はこうした日本に対して敵性を持つ国家の核兵器への抗議をあえてぶつけず、逆に日本が依存しているアメリカの核兵器への反対だけを叫ぶ、という政治色をぎらつかさせる過去の実績があったことも、この際、強調しておこう。
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古森 義久(Komori Yoshihisa) 1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年6月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。