人類の科学史上、稀代の天才物理学として君臨しているアルベルト・アインシュタインだが、そのアインシュタインの“生涯で最大の過ち”を指摘した宇宙物理学者がいた――。
宇宙の“始まり”の問題に取り組んだルメートル
宇宙の起源についての“ビッグバン”モデルの礎となる「原始的原子の仮説(hypothesis of the primeval atom)」を提唱したカトリックの司祭で宇宙物理学者のジョルジュ・ルメートル(1894-1966)を再評価する声があがっているようだ。

米ウェブメディア「Big Think」の記事では、アインシュタインが「忌まわしい」と呼びながらも最終的には称賛せざるを得なかった画期的なルメートルの理論に再び光を当てていて興味深い。
1929年にアメリカの天文学者、エドウィン・ハッブルは宇宙が膨張していることを確認した。しかしそうなるとそれよりも前の根源的な疑問が科学者たちを悩ませることになった。はたして宇宙には“始まり”があったのか? という問題だ。
宇宙の“始まり”の問題に取り組んだ最初の科学者の1人がまさにこのルメートルであった。
生まれも育ちもベルギーの若きルメートルは物理学への情熱を内心で抱えていたものの、父親の導きで土木工学の学位を取得し、その後は鉱山技師の道に進む予定であった。
しかし戦争によって皮肉にも本望を遂げることになったのだ。第一次世界大戦に従軍して大きく人生観と世界観が変わったルメートルは「夢を追う時期が来た」と悟り、数理物理学の大学院プログラムを履修すると共に、カトリックの神学校に入学した。
1923年9月にルメートルは司祭に叙階され、10月には大学院生としてケンブリッジ大学の天文学者、アーサー・エディントンの研究グループに加わった。
イギリスで1年間過ごした後にはアメリカでも研究を続けて見識を広め、ベルギーに戻ってからはルーヴェン・カトリック大学の非常勤講師を務める一方で論文執筆に取り組んだ。
そして1927年に膨張宇宙論を展開する論文を発表したのである。ちなみに膨張宇宙論を1922年に最初に提唱したのは若くして亡くなったアレクサンドル・フリードマンであるが、ルメートルの膨張宇宙論はフリードマンを継承したわけではなくあくまでも独立したオリジナルの理論である。
