間接戦術は有効か

戦争の帰結は、物質的な軍事バランスだけでは決まりません。軍事組織が導入する戦術は、戦局を大きく左右します。このことについて戦略論の大家であるリデル・ハートは次のように指摘しました。

「あらゆる時代を通じて戦争に効果的な戦果を収めることは、敵の不用意に乗じて敵を衝くことを確実ならしめるように間接アプローチを行わない限り、ほとんど不可能である…間接アプローチの戦略はこの『敵の後方に向かう機動』をも包含し、それよりも広い意味を有する」(『戦略論』原書房、1986年〔原著1967年〕、4-5頁)。

つまり、ウクライナ軍が機動力を最大限に発揮して、間接接近によりロシア軍の不意を衝けば、大きな戦果を得られるということです。これについて専門家は、どのように見立てているのでしょうか。米国の海軍大学のジェームズ・ホームズ氏は、やや悲観的です。かれはこう分析しています。

リデル・ハートの戦術が成功すれば、守備側の努力を狂わせ、戦場での決定的な勝利の道を開くことができる。しかし、ここでも奔流を構成するのは、大砲や航空戦力の支援を受けた大量の歩兵と機動兵である。ウクライナの指揮官は、このような作戦を実行するのに十分な人力や火力支援があるのか疑問に思うかもしれない。そして、それは正しいかもしれない。

もちろん、ウクライナ軍がロシア軍の防御を突き崩すことは不可能ではないでしょう。ただし、ドイツ機動戦学派のスティーヴン・ビドル氏でさえ、「攻撃側な突破は適切な条件下ではまだ可能だが、十分な補給と作戦予備を背景に、準備された縦深防御に対して達成するのは非常に困難である」と指摘していました。

The Economist「Russia’s army is learning on the battlefield」より

ロシア軍の縦深防御はどの程度のものなのか、確かな情報が乏しいので確実には分かりませんが、この地図に示されたロシア軍の「要塞」の濃密な配置を見る限り、ウクライナ軍が突破と浸透を首尾よくできる条件には乏しいように現時点では思えてしまいます。

昨年のハルキウ反攻におけるウクライナ軍の「勝利」の再来を期待する声もありますが、これはシンプルにロシア軍に対して5倍近い兵力を展開できたからかもしれません。

要するに、ウクライナ軍は依然として厳しい道を進まなければならないだろうということです。今後、懸念されることの1つは、ウクライナ軍が大規模な「反転攻勢」を仕掛けた結果、損耗が激しくなり、ロシアの反撃に持ちこたえられなくない最悪の結果です。

このことについて、前出のデーヴィス氏は「ウクライナは今、世界的なジレンマに直面している。最後の攻撃力を振り絞って、占領地で防衛するロシア軍に致命傷を与えるか、それともロシアが夏の攻勢を仕掛けてきたときに備えて力を温存するか。いずれの行動にも重大なリスクがある。私は、ウクライナが軍事的に勝利する可能性は今のところないと評価している。そのような希望を持って戦い続けることは、逆に領土をさらに失うことになりかねない」と心配しています。

国政術の要諦がより少ない悪を選択することであるとするならば、ウクライナにとってロシアに国土の一部を占領されているのは耐え難いでしょうが、キーウおよびその支援国は今以上のコストを支払う結果を避ける方策も視野に入れざるを得ないかもしれません。

デーヴィス氏の言葉を借りれば、「西側諸国の多くがどれほど動揺しようとも、戦争の趨勢はモスクワに傾いている。これが観察可能な現実である。ワシントンがすべきことは、負け戦を支援する『倍賭け』の誘惑を避け、この紛争を速やかに終結させるために必要なことは何でもしなければならない」ということです。