悲観論
ウクライナの反転攻勢は失敗に終わるだろうと断言しているのが、ダニエル・デーヴィス氏です。彼は、「ディフェンス・プライオリティ」のメンバーであり、元米陸軍士官です。デーヴィス氏は、安全保障関係の記事を主に掲載するプラットフォームである1945に寄稿した論考「悲しい現実―ウクライナ戦争は今やロシアに流れが傾いている―」において、その理由を以下のように説明しています。
ウクライナは(バフムートなどの)この4都市の戦いで、文字通り数万人の死傷者と膨大な量の装備・弾薬を失った。ロシア側の10対1の火力優勢を前提とすれば、ウクライナはロシア側よりかなり多くの死傷者を出したのは間違いないだろう。しかし、仮に犠牲者が同じであったとしても、ロシアにはより多くの戦闘員を集めることができる数百万人の男性がおり、必要な弾薬をすべて生産するための主要な国内産業能力もある。
簡単に言えば、ウクライナにはロシアと比較して、失った人員や装備を補う人材も産業能力もないのだ。しかも、ロシアは戦術的な失敗から学び、戦術的に改善すると同時に、産業能力を拡大していることを示す証拠がある。しかし、ウクライナにとって弾薬や装備の不足以上に大きいのは、訓練を受けた経験豊富な人材の数である。熟練した兵士や指導者の多くをわずか数ヶ月の間で補充することはできない。
デーヴィス氏の悲観論の根拠は、①ウクライナ軍はロシア軍より兵士の損耗が激しい、②ロシア軍は戦術を改善しているので、昨年のような敗北を喫しにくい、などのようです。
楽観論と悲観論の比較考量予測の裏づけるデータは、その妥当性を判断する有力な材料です。ただし、分析者は、エビデンスに対する過小反応と波状反応を避けなければ、予測の正確さを上げることができません(『超予測力』379—380頁)。
ビッグデータの時代において、専門家は、自説を支持するエビデンスやデータを比較的容易に入手することができてしまいます。その結果、間違った推論を正しいと信じ続けたり、正しい主張を誤りだと判断したりする危険があります。したがって、エビデンスの解釈や適用は慎重に行う必要があります。
私が入手できるデータには限りがありますので、それで楽観論と悲観論の勝敗を明確につけることはできません。これから分析することは、入手可能な証拠による両方の予測の相対的な妥当性の評価であることをご理解ください。
現時点では、残念ながら、ウクライナ軍の「反転攻勢」は劇的な戦果を上げられないとする、悲観論を支持するデータの方が優勢であるようです。
第1に、NATOがウクライナに供与するレオパルト戦車やF-16戦闘機などは、ロシア・ウクライナ戦争の趨勢を劇的に変える要因にはなりにくいということです。
このことについて、マーク・ミリー米統合参謀本部議長は、婉曲な言い回しながら「戦争に魔法の武器はない。F-16はそうではないし、他のものもそうだ」と、高まるウクライナ軍の反転攻勢への期待にくぎを刺しています。フランク・ケンドール米空軍長官も「F-16は劇的なゲームチェンジャーにはならないだろう」と、冷静な判断を周囲に促しています。
第2に、伝えられるところによれば、ロシア軍は火力でウクライナ軍を圧倒しています。マリア・R・サフキージョ氏は、3月1日時点で「ウクライナ戦争は大砲を中心とした激しい戦闘となり…ロシアは、キーウが自由に使える重砲1門に対して10門という数的優位性を持っている。さらに、ウクライナは弾薬が不足しており、緊急に砲弾を供給する必要があると、ゼンレンスキー政権は警告している」と報じています。
この記事の内容が正しければ、ウクライナ軍は「消耗戦」の行方を大きく左右する重砲に代表される火力で、ロシア軍に大きく劣っているということです。
第3に、ウクライナ軍がNATOの訓練を受けて戦闘能力を向上しているように、ロシア軍も緒戦の失敗から学習して戦術を改善しているようです。
ロシア軍の戦闘を詳細に分析した、英国王立防衛安全保障研究所の研究員であるジャック・ウォルトリング氏とニック・レイモンズ氏は、調査報告書「ミートグラインダー―ウクライナ侵攻2年目におけるロシアの戦術 ―」において、「ロシア軍には学習能力がある。ロシアの最初の傲慢さは、ウクライナの腕前に対する健全な尊敬に取って代わられたと、指揮官は述べている。兵力運用の欠点を特定し、緩和策を展開するための集中的なプロセス(がロシア軍にあると)の証拠はある」と結論づけています。
第4に、ウクライナ軍はロシア軍より兵士不足に悩まされるだろうということです。ロシア軍とウクライナ軍の戦死者については、確かな数字を入手するのは困難ですが、スイスのジュネーブ国際・開発研究大学院のプログラムである「小型武器サーベイ」の推計によれば、ウクライナ軍の死者は、開戦から1年間で約64000人に上ります。これが仮に正しいとして、バフムートでの死闘による多くの戦死者を積み上げれば、戦前のウクライナ正規兵の約3分の1以上は失われたことになります。
スイスのような中立国からの情報には、ロシアの偽情報が紛れ込んでいることがあり、その扱いには慎重になるべきですが、世界的に評価の高い研究機関のデータは無視できないでしょう。
もちろん、この戦争ではロシア軍も相当な死者をだしています。さらに、リー氏が指摘するように、ロシア軍の兵員や装備は、我々が想像する以上に劣化しているのかもしれません。これらの不確定要因が強くウクライナ有利に働けば、上記の悲観論を覆すかもしれません。
しかしながら、ウクライナとロシアで兵士供給の潜在力を単純に比較すれば、後者が優位性を持つことは否定できません。ロシアには何百万人もの成人男性がいる一方で、ウクライナは、東部前線で経験豊富な兵士が激減していると伝えられているのです。
これらの証拠は、ウクライナ軍がロシア軍に大打撃を与えられる予測を弱めています。戦争に対する劇的な外生的衝撃がない限り、入手できるデータは「悲観論」を支持しているようです。