民主党政権を利用したエネ庁の「火事場泥棒」
2011年の福島第一原発事故をきっかけにして、民主党政権の「電力システム改革タスクフォース」ができた。計画停電が起こったのだから、供給の安定をめざすはずだったが、エネ庁にとっては積年の願望だった発送電分離を実現するチャンスだったので、民主党政権の無知につけこんで火事場泥棒的に自由化を実現した。
「電力システム改革方針」が閣議決定されたのは、安倍政権の2013年4月である。この計画に従って2016年に低圧部門まで全面自由化され、旧一電も新電力も同格の発電事業者として自由に卸価格を設定できるはずだったが、実際にはそうならなかった。旧一電は暗黙の供給義務を負わされ、料金規制が残ったからだ。
他方で新電力はまったく供給責任を負わず、発電装置も持つ必要がなかったので、大量の「転売屋」が出現した。彼らは限界費用ゼロの再生可能エネルギーを卸売市場(JEPX)で買い、旧一電よりはるかに安い料金を出すことができた。夜間など再エネが使えないときは、旧一電が火力や原子力で発電した電力をJEPXで買えばいいので、設備投資はしない。
それでも新電力のシェアが小さいうちは、再エネの不安定性を旧一電のベースロード電源で補う善意に頼った運用で、供給の安定が保たれたが、新電力のシェアが2割を超えると、その不安定性が利用者に大きな影響を与えるようになった。
再エネFITという社会主義もう一つの問題は、再エネ偏重政策である。どさくさまぎれに、民主党政権は40円/kWhという世界最高のFIT買取価格を設定した。再エネには稼働しない夜間などにも(相対契約で)同じ設備容量を保証するよう義務づけるべきだったが、エネ庁は民主党政権の圧力に負けて新電力に供給義務を負わせなかった。
新電力の参入を促進するため、旧一電にはJEPXに限界費用で卸すことを求める一方、再エネはFITで優先的に買い取ったため、火力発電所の稼働率は落ち、固定費が回収できなくなった。このようにエネ庁が旧一電との約束を破るホールドアップ問題で経営が破綻し、過少投資が起こっているのだ。
これは社会主義の崩壊で起こった問題と似ている。ロシアでは計画当局との契約で維持されていた供給が放棄され、サプライチェーンが寸断され、設備投資が止まって、1990年代にGDPは60%も下がった。
電力自由化はなぜ失敗するのか電力自由化がどこの国でも失敗するのは、政治に利用されやすいからだ。通信自由化の場合はムーアの法則で技術革新が非常に速かったので、自由化によるコスト削減の効果が政治的バイアスより大きかったが、電力にはムーアの法則がなく、同時同量の制約があるため、投資を節約すると供給危機が起こってしまう。
かつて電力業界を仕切っていた東電は、インフラをもち、族議員を使う最強のロビー団体だったが、その「業界の長男」が事故を起こして事実上国有化されたため、経産省には願ってもないチャンスがやってきた。東電以外の電力会社は、エネ庁に対抗するすべがなかった。
このため、すべての原発を停止する民主党政権の違法行為にも対抗できず、膨大な損害を出しても行政訴訟ひとつできない。かつて総括原価主義という社会主義体制で曲がりなりにも維持されていたサプライチェーンが崩壊してしまったのだ。
とりあえずやるべきなのは、自由化を巻き戻して昔のような垂直統合に戻すことだ。総括原価に戻すのは無理でも、インフラをもたない新電力は淘汰するか旧一電が買収し、再エネと火力・原子力は社内で計画的に配分すべきだ。
特に原子力の政治的リスクは、民間企業には負いきれない。昨年7月、フランス政府は原子力開発を計画的に進めるため、経営危機に陥っていたフランス電力(EDF)を完全国有化した。日本でも、東日本の原発は日本原電に集約して国有化してはどうだろうか。