魚にとっての「痛み」とは?

「痛み」がない前提の活き造り
credit:フォトAC

これまで「魚は痛みを感じない」とされてきたのは、人間や哺乳類が痛みを認識する際に必要な「大脳皮質」がほとんどないためです。

しかし、近年の研究で魚は人間とは異なる感じ方ではあるものの、ちゃんと「痛み」を感じていることが明らかになりました。

ニジマスで見られた「痛み」による行動の変化

ニジマス
credit:Pixabay

ペンシルベニア州立大学のビクトリア・ブレイスウェイト氏らは魚が痛みを感じているかどうか調べるためにニジマスの口に酢やハチ毒を注射しました。

これらの注射を受けた個体は口の開閉数の増加や食欲の低下が見られたほか、酢を注射した個体についてはさらに注意力の欠如も見られました。

しかもこれらの行動は鎮痛剤であるモルヒネの投与により元に戻ったと言います。

つまり魚も痛みを感じることが証明されたのです。

痛みがあれば、その痛みを避けるために恐怖が生まれます。

具体的な驚異にさらされる前に、恐怖を感じて回避することができれば、群れの個体数を減らさずに済みます。

仲間の危機に恐怖感じる共感性は、そういう意味ではあらゆる生き物にとって種を保つための重要な行動であると言えます。

それでは、こういった恐怖への共感はどのようなメカニズムで起こるのでしょうか?

そしてそれは我々哺乳類と大脳皮質がない魚類でどのように異なっているのでしょうか?

恐怖と共感の鍵を握る愛情ホルモン「オキシトシン」

授乳や出産に関わる「オキシトシン」
credit:Pixabay

人間を含む哺乳類の共感には神経伝達物質である「オキシトシン」が関わることがわかっています。

オキシトシンは母乳分泌や産後の子宮収縮に関わるホルモンであり、スキンシップによって生成が促されることから愛情ホルモンとも呼ばれるものです。

その役割はストレスのコントロールなど多岐に渡り、授乳を行うことがない魚類にもオキシトシンは存在しています。

ポルトガルの統合行動生物学研究所が発表した最新の研究ではこのオキシトシンがゼブラフィッシュにおける恐怖への共感に関わることが報告されました。

オキシトシン注射で他の魚の感情を反映

実験に使われたゼブラフィッシュ
credit:U.S.News

実験はオキシトシンを生成・吸収する遺伝子を削除した個体を用いて行われました。

オキシトシンを生成・吸収できないゼブラフィッシュは他の魚が恐怖を感じているときでもその恐怖を察知したり、行動を反映したりすることができませんでしたが、オキシトシンを注射するとできるようになったのです。

それだけでなくオキシトシン注射を受けた魚は恐怖を感じた魚のそばに寄り添うような行動も報告されており、研究者たちは「恐怖を受けた魚を慰めているのでは?」と推測しています。

他者の気持ちに寄り添えるのは人間だけではないのかも

マウスの実験でも同じ結果に
credit:Pixabay

ゼブラフィッシュに行われたものと同様の実験は過去にマウスに対しても行われており、同様の結果が出ています。

また、人間においてもオキシトシンは共感に関わる重要な物質とされており、社会的行動を促す効果があることがわかっています。

オキシトシンは人間を初めとする哺乳類はもちろん、鳥類、魚類などすべての脊椎動物に存在するものです。

かつて「人間のような感情はない」とされてきた生き物たちも、今回の研究結果を見ると「人間と全く同じ形ではなくても感情があるのかも」と思わされました。

特に、他者の恐怖に共感し、同じ回避行動をとるのは種の存続にも関わること。

私たちの想像以上に多くの生き物が「他者の気持ちに寄り添う」ことができるのかもしれません。

参考文献
A Fish Can Sense Another’s Fear, a Study Shows

元論文
Fear contagion in zebrafish: a behaviour affected by familiarity
Evolutionarily conserved role of oxytocin in social fear contagion in zebrafish
examining nociception and fear in the rainbow trout