外交=国益死守にも国や地域によってその適応に相違が出てくる。東方政策の草案者、元ドイツの政治家エゴン・バール氏の言葉を紹介する。バール氏は、「私たちにとってアメリカはかけがえのない国だが、ロシアは不動だ」と述べている( I always cite former German politician EGon Bahr, the architect of Ostpolitik, who said that, for us, America is irreplaceable, but Russia is immovable.)。

この言葉を解釈すると、欧州にとって米国は当然、かけがえのない友邦国で、議論の余地はない。一方、ロシアは欧州にとって隣国だ。隣人、隣国を選ぶことが出来ない。欧州大陸に位置するロシアはどのような状況になろうとも欧州にとって隣接する国という事実には変化はない。日本の読者に分かりやすく言えば、日本は覇権主義的な軍事大国中国を好きではないといってアジアから追放できない。中国は地理的に見て不動だ。日本は国家安全保障を考える時、中国を無視しては考えられないが、同時に、中国との関係改善の余地を残しておかなければならない。欧州のロシアとの関係と同じだ。それだけに、日本の対中政策が米国のそれと一致しない状況が生まれることも考えられるわけだ。

欧州にとってウクライナ戦争で対峙しているロシアはこれまで脅威を感じる大国であったし、今後もそれは変わらない。どのような事態が生まれてきても、対ロシア政策は短期的なものではなく、長期的な視野に入れたものとならざるを得ない。その点、米国と欧州の対ロシア政策、ロシア観には当然相違が出てくるわけだ。

その延長から考えれば、マクロン大統領を擁護するつもりはないが、同大統領にとってウクライナ戦争の行方は国益と密接に関係するが、中国の台湾再統合という問題はフランスの国益の妨げとなる危険性は“目下”少ない、という判断が働いても不思議ではない。

一方、世界唯一の大国を自負する米国は欧州でも、アジアでもその国益を主張し、そのために関与をし続けてきた。その大国の米国は欧州の対ウクライナ戦争、対中国政策で一致出来ないことが出てきたとしても理解が必要となる。

国益の相違は外交の世界では当然のことで、今更強調することはないが、世界は今、ウクライナ戦争、中国共産党政権の軍事大国化、台湾再統合など複合的な危機に対峙している。それゆえに、「自由な世界」を標榜する欧米諸国は関係国の国益の相違に対して理解を示す一方、共有する価値観を忘れてはならない。自由は自動的に与えられるものではなく、それを獲得し、守るためには一定の代価を払わざるを得ないからだ。

最後に、オーストラリアのメルボルン出身の哲学者ピーター・シンガー氏(Peter Singer)の“効率的な利他主義”を紹介したい。タイム誌で「世界で最も影響力のある100人」の1人に選ばれたことがあるシンガー氏によれば、「利他主義者は自身の喜びを犠牲にしたり、断念したりしない。合理的な利他主義者は何が自身の喜びかを熟慮し、決定する。貧しい人々を救済することで自己尊重心を獲得でき、もっと為に生きたいという心が湧いてくることを知っている。感情や同情ではなく、理性が利他主義を導かなければならない」というのだ(「トランプ氏はシンガー哲学を学べ」2017年2月11日参考)。

「G7」の地位が揺れてきている。将来は「G20」が世界を代表するという声が聞かれ出した。国の数が増え、世界が多様化している現在、「G7」の7カ国だけでは世界の問題を解決することは難しいという意見は正しい。ただし、議論する参加者、国数が増えればそれだけコンセンサスを探しだすことが難しくなり、混乱するケースが出てくる。

「G7」が世界から信頼を回復する道はまだある。シンガー氏の「効率的な利他主義」を外交の世界で応用すればいいのだ。シンガー流にいえば、効率的な利他主義外交は国益を放棄することを意味するのではなく、国益を守ることになるからだ。決して理想論ではない。

身近な例を挙げる。日本は第2次世界大戦後、経済復興を実現して経済大国となった。日本政府はその経済的恩恵をODA(政府開発援助)を通じてアジア・アフリカ諸国を支援してきた。その結果、日本は世界から「信頼できる国」という評価を勝ち取ることができたのだ。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年5月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。