その時期にあたるクラウンはS130型系で、1987年9月にデビューした。このクラウンは八代目にあたるモデルだが、五代目あたりで確立されたクラウンらしさの、まさに黄金期にあたるモデルと言えるだろう。ボディ形式は、その先代である七代目・S120型系と同様に、4ドアのハードトップとセダン、そしてワゴン/バンの3種類であった。
伝統のペリメーターフレームを採用、サスペンションも前ダブルウィッシュボーンに後セミトレ(上級モデルのみ)と、構造的にも先代から多くを受け継ぐが、大きく異なるのは、3ナンバー車専用にワイドボディが導入されたことだ(ハードトップのみ)。これは、基本的なデザインは5ナンバー用と共通のものとしつつ、側面パネルに豊かなボリューム感を持たせた造形であったが、前述のように日産が3ナンバー専用ボディのシーマを投入したことと対照的で、話題・人気ともにそちらに奪われた形となったのは、トヨタらしからぬ戦略ミスであったと言えるだろう。
とは言え、これは対シーマという意味での話で、シリーズ全体で見ればクラウンの優位性は小ゆるぎもしていない。セドグロ連合軍が販売台数でクラウンに勝ったのは、230とY32のふたつだけと言われている。このS130では、バブルの好景気が日本全体を覆っていたこともあり、4ドア・ハードトップに限ってもカローラ並みの販売台数を記録したとのことだ。
セダンは従来通り5ナンバー用のボディを基本に、3ナンバー車は前後バンパーを大きくすることで差別化を図っていた。もうひとつの目立つ差別化は、営業用グレードであるデラックスとスタンダードに、鉄製のメッキバンパーを装着していたことだ。こうした扱いは、先代S120でも同様であった。
搭載されるエンジンは、3L車の7M-GE(6気筒DOHC、190ps)を筆頭に、2Lの1G-GZE(6気筒DOHC+スーパーチャージャー、160ps)、1G-GE(6気筒DOHC、140ps)、1G-E(6気筒OHC、105㎰)、その他2.4Lのディーゼルなどがあった。1989年8月のマイナーチェンジでは、後にデビューするセルシオに先駆けて、4L V8の1UZ-FE(260ps)を搭載したモデルを追加。また、その1年後のマイチェンでは2.5L車もラインナップに加えている。そして1991年にフルモデルチェンジを行い、クラウンはS140型系へと進化した。

乗る人の自信を表すのは、クラウンそのものが自信に満ちているから
さて、ここでご覧いただいているカタログは、そんなS130型系クラウンの前期型のカタログである。最後のページに「内容は昭和62年9月現在のもの」と断り書きがあるので、まさにデビュー直後のものと言ってよいだろう。サイズは297mm×245mm(縦×横)、表紙を含めて全42ページとなる。カタログとしては特に変わったところはなく、最後のページが折り畳み式になっている以外は普通のものだ。
先に「クラウンらしさの黄金期」と書いたが、カタログにもそういった、成熟と言うべきか、手慣れた感じが漂っている。表紙には車名だけで、ことさらここで外観をアピールする必要はない、名前だけで充分であるという、自信のようなものが感じられる。またカタログ全体の構成も、どういう順序で何を掲載していくか、どの程度見せていくかといった部分に、非常に練り上げられたものが見て取れるようだ。シーマの暴れっぷりには手を焼きつつも、「いやあ、それも想定の範囲ですから」と言うような、悠然とした態度まで想像されるようである。
文・秦正史/提供元・CARSMEET WEB
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