これだけではない。資金の取引には様々な情報が付着している。ある人が預金者となれば、それなりの情報があるし、借入者となるなら、情報は不可欠である。多くの個々の取引情報の集合の中に、ビジネス界の状況も、地方特有の経済状況も見てとれる。金融機関は預金の集まりそうな立地を選び、貸出しに際しては積極的に与信調査をする。だから、ある地域で長い期間、金融業をやっていれば、そこは地域情報の集積地となる。

後にも取り上げるが、地方銀行は、その土地を離れたくないと願う人達の就職先でもある。だから、地方創生を進めるとき、力量、つまりLも大いに期待できる。さらに経営者ともなれば、地方創生の方向性、つまりDの決定、計画の策定にも参加しうる。

金子は、DLR理論に加えて、地方創生にPM理論(三隅二不二、『リーダーシップ行動の科学』改訂版、有斐閣、1984年)も併用する。地方創生で決定的なのは、P;Performance、つまりリーダーの指導力だが、それが維持されるにはM;Maintena-nce(集団的維持行動、公平性)も必要となる。Mは運動を短命に終わらせないための要素である。

金融機関に強いリーダーシップを求めるとなると、金融機関は本来、受動的機関なのでやや疑問だが、Mは大いに期待できる。地方経済を舞台にするなんらかの企てで、地方銀行の支持があるのとないのでは、その後の展開に大きな違いがある。だから、なにかあると、人々は地方の金融機関に支持を求めにいく。金融機関が、その事業の特性上、持つとされる“公共性”、“公平性”もMの重要な要素である。これは、貨幣を扱う業者の基本的属性でもあるからだ。

まとめる。地方金融の中心である地方銀行は、不可避な課題である地方創生の達成に必要なプレーヤーである。しかし、以下でみるように、その地方銀行に何かが起こっている。

超低PBR

最新のデータを使ってPBRのランキングをつくってみる。驚くべきことが判明する。低い方から、つまりワースト50に、なんと22行もの地方銀行が名を連ねている。しかもその値は0.2~0.3と極端に低いのだ。

もっともメガバンクも低い。三菱UFJバンクのそれは0.63、三井住友0.62、みずほ銀行0.57だ。銀行業界のPBRの低さにはそれなりの理由がある。まず、それを聞いておこう。

① 銀行は規制業種である。儲かりそうだからといって、何でもできる訳ではない。また、銀行の収入の中核は(コア業務純益)は利ザヤ収入であるが、預金利率も貸出利率も自由化されたとはいえ、各行に十分な裁量があるのではない。一国の金利は体系をなしており、中央銀行の決定力は依然として大きい。低金利・ゼロ金利下では、預金金利もゼロではあるが、貸出金利もゼロ近辺であり利ザヤの取りようもない。

② 資本金を減らせば、同じことだが株式数を減らせばPBRは上昇するが、銀行には自己資本規制がある。これはスイスのバーゼルにある国際決済銀行(BIS)の決めることであり、各国の銀行には、いかんともし難く従うよりない。現在ではバーゼルⅢが適用されている。

国際業務を行う銀行は、リスク資産に対して8%の自己資本を持つべし、というのがバーゼルⅠ(1988年)といわれる規制だが、その後、何をリスク資産とするか、各資産のリスク比率をどう定めるかについて変更があり、今日のⅢに至っている。

国際業務を行う銀行は、日本では全国区のメガバンク、信託銀行等に加えて地方銀行10行がある。基準は8%だが、自主的に12%を目安にしている。自己資本比率を高めに維持するのは、“安全”の旗印を強化するためだ。

同じことが、国際業務を行わない銀行、つまりドメスティックな銀行でも生じている。基準は、国際基準の半分の4%だが、倍の8%を自主的に基準にしている。なにしろ、横並びを好む業界であり、安全指標になっている自己資本比率を他行に比べて劣ったものにはできない事情がある。

現状

以上の言い訳を聞いた上で地方銀行のPBRをみてみよう。表は割愛する。PBRの平均値は0.27倍である。0.5、これが全市場平均だが、それを上回る地方銀行は5行しかない。

既に述べたように、資本を減らせないとすれば、収益を上げるより外にない。そこでROE(Return on Equity、一株当たり利益)をみてみよう。その平均値は3.4%である。市場平均は8%程度だから半分以下である。3%未満が25行ある。

ROEのR、つまり収益をみてみよう。銀行の収益は三種類に分けられる。① 本来の銀行業、つまり貸出による利益-預金等に支払う利子、要するに利ザヤ。② 保有する有価証券から発生する配当、これに有価証券の売買による収益(損)。③ 送金などのサービスにかかわる収入。役務取引からの収入。

①の中核は貸出だ。そこで、2020年9月末から2022年9月末までの貸出額の増減をみてみる。10%以上伸長しているのは6行のみ。逆にマイナスは12行。1%~3%の伸長が大半である。

ゼロゼロ融資(コロナ禍で行われた中小企業向けの融資で国が保証する)などいう“特需”があってもこの程度であるから、本業で儲かっているとはいえない。むしろ、この間の銀行収益を支えていたのは有価証券がらみの収益と、日本銀行から支払われる特別預金利息だった。

最近、目立つのは国内債券(債券を中味とする投資信託を含む)の評価損が膨らんでいることだ。2022年12月の集計でその額は1兆4,000億円となり、9月からの3ヶ月で倍増した。アメリカの利上げ、それに引きずられた日銀の動き(0.25%⇒0.5%の長期金利の上昇)で債券価格が下落したためだ。全98行(1行は保有ゼロ)のうち、なんと96行が含み損だという。債権の内訳は国債と地方債が中心だ。

まだ2023年3月の決算は発表されていないので、2022年4月~12月だけをみると、6割が減益である。とはいえ、純利益総額は9,000億円、コア業務純益の統計は1兆2,500億円であるから、業界全体ではまだ余裕はある。しかし、この余裕が地方銀行の改革を送らしてるのかもしれない。

コメント

アメリカのFRBが数度にわたって利上げをした。冷静に考えれば、これが日本に波及しないはずはない。

お金の世界に国境はないから、世界で一国だけ超低金利でがんばるなどということは、異色の中央銀行総裁の下でこその特別な事態であったのだろう。国債市場への介入方法を変更して、利上げとは言わない利上げをした。現在の債券価格の下落はそれに起因するが、このようになることは充分に予測できたのに銀行の経営者は何をしていたのだろう。

後に述べるが、日本の国債の発行状況は、返済が危ぶまれるという言葉の真の意味で危険な領域にある。だから国債は程度の高い危険資産なのだが、地方銀行は、まだ20兆円弱も保有している。ピーク時の40兆円近くからみれば半減したのだが。その価格が4%ばかり下落すれば業務純益は吹き飛ぶことになる。

外から見ると

こうした地方銀行の状況に、外部の投資家(アクティビストと呼ばれる)はどう反応しているのか。

前稿③で述べたように、PBRが1以下ということは、その会社の株式は買い得である。しかし、本当に買い得であるためには、会社の事業に望みがあり、経営者がPBR 1以上を目ざして行動するかにかかっている。