優秀な個人も群れるとバカに?
ここからはあくまで筆者の狭い個人的体験談に基づく肌感覚の話でしかないが、学校や企業などで個別に見れば大変優秀な人材でも群れることで驚くほど愚かな失敗をしてしまうという事例は数多く見てきたと思っている。もちろん必ずそうなるなど暴論は言わない。だが、完全に否定することも難しいはずだ。その理由に対して次の通り複数の仮説を立ててみた。
1つ目は集団のレベルに落とすということだ。通常、集合する理由は個々人の能力を合わせることでシナジー効果を得るためだ。簡単に言えば企業が人を集めて大きな仕事をするのは、1+1=5とか6にするためである。ところが、実際にやってみるとうまく歯車が噛み合わない状況が起きうる。
本来は一人で3とか4くらいの優秀な能力を持っている個人でも、集団に身を置くと全体に合わせるために1とか2にレベルを落とさないと、うまく歯車が噛み合わない状況はよくある。それだけだとまだマシな方で、集団の向かう方向が間違っていたら悲劇になる。集合の調和を乱さないことが第一義的になり、リーダーの示す先が間違えてしまうと集合知のつもりが、集合愚になってしまうのだ。
さらに責任が希薄化する問題もある。集団で仕事をすると責任の所在が不明瞭なタスクが生まれがちだ。「自分ではない誰かがやるだろう」となると、その放置された仕事が問題の原因となり全体の足を引っ張るということが起きる。一人で仕事をしている状況なら、絶対に対処するはずの仕事も集団だと放置につながることもある。さらに悪いことにそれに経営者の悪意が込められた場合、時折メディアが取り上げるように企業の不祥事から謝罪会見になる。集団に身を置くと声を上げることができなくなるのだ。
最後に慢心が生まれるという問題だ。集団に身を置くと大きな母体に安心感を覚えてしまい、自分という個人レベルで見れば何一つえらくなっていない、スキルも知識もアップデートされていないのに企業業績がよければ慢心してしまう。
業績がいい間は問題ないが、タイタニック号のようにでかい母体もあっさり沈む現代において、この慢心が命取りになる。
会社員ならスキルも知識も磨かれず、労働市場に放流されると次の転職先がなかなか見つからないという話は本当によく聞く。実際、筆者が勤務していた会社ではそういうベテラン社員はたくさんいた。「うちは大きいから大丈夫」と。希望退職募集が始まった途端に、いきなり社内に緊張感が張り詰め余裕の表情を浮かべていた人達も一瞬でこわばった。
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個の時代、と呼ばれるようになって久しい。能力の高い人は起業して経営者になったりフリーランスになる時代だ。最も理想的なのは賢者が集合知を実現させることだ。だがこれは活字にするのは簡単でも、それを実現させるのは大変難しいことは数多くの事例が証明している。
野球でもサッカーでもビジネスでも、オールスターのようなエースばかりを集めたチームが必ずしも一番強いとは限らない。重要なのは自分自身の特性を理解し、ソロプレーヤー、チームワークのどちらが能力を発揮できるかを考え、能力を発揮できるフィールドを選ぶことではないだろうか。
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