国際関係論の多様な理論

国際関係論をもっと詳しく勉強したい、国際関係理論を深く理解して、現実世界を分析するツールとして使いたい方には、ウォルト氏による広く読み継がれている古典的エッセー「国際関係論―1つの世界、多くの理論―」がおススメです。これは4半世紀前に書かれたものですが、今でも通用します。

ここで彼は、リアリズムについては、古典的リアリズム、防御的リアリズム、攻撃的リアリズムといった学派を分かりやすく解説するとともに、今ではすっかり衰退してしまったマルクス主義に依拠した従属論をラディカル派のアプローチとして紹介しています。

リベラリズムについても、民主主義や国際制度、相互依存という3本の柱を中心にコンパクトな解説を施しています。さらに、政策決定者や政府に焦点を当てた国家の政策決定理論にも言及しています。コンストラクティヴィズムは、リアリズムやリベラリズムに比べてとっつきにくいと感じる人が少なくないようですが、彼の以下の解説が多くの人の理解を促進すると思います。

冷戦の終わりはコンストラクティヴィストの理論を正統化するという意味で重要な役割を果たすことになった。なぜならリアリズムとリベラリズムは双方とも冷戦の終結を予測できなかったし、その理論からこの現象を説明することも困難だったからだ。ところがコンストラクティヴィストたちはこれを説明できたのである。具体的には、元ソ連代表のミハイル・ゴルバチョフが新たに『共通の安全保障(common security)』というアイディアを出したおかげでソ連の対外政策に革命を起こしたというものだ。

ありがたいことに、このエッセーも奥山氏が日本語に訳して、ご自身のウェブサイトで公開しています。国際関係論の世界に足を踏み入れたけれども躓いてしまったら、基本に戻って、ウォルト氏の解説を読み直すとよいでしょう。

国際関係論と政策提言

社会科学としての国際関係論に与えられた最大の役割は、世界がどのように動いているのかを説明することです。国際関係理論は国家行動に観察されるパターンや法則を明らかにすることを主な目的としており、残念ながら、国際事象を正確に予測するツールとしては弱いと言わざるを得ません。

主要な国際関係理論が大国間戦争のリスクの上昇を警告しているからと言って、必ず、大戦争が起こるわけではありません。国際関係論が語る将来の世界は、より危険であるだろうということです。

同時に、国際関係論は政策立案に役立てることもできます。我々は「日本はこうすべきだ」といった政策提言をよく語りますが、こう発言する時には、必ず、自分が信じる「理論」に頼っています。「Xを実行すれば、Yという成果を得られるだろう」という推論です。これこそが理論なのです。

理論を使っているにもかかわらず、自分がどのような理論を頼りにしているのか、それがどれほど高い説得力があるのか、他の理論の方が妥当ではないのか、といった問いを自覚している人は、はたしてどれくらいいるでしょうか。

実は、専門家の政治予測はあてにならないことが、大規模な長期的調査から明らかになっています。フィリップ・テトロック氏(ペンシルバニア大学)の研究によれば、衝撃的なことに、専門家の政治予測の的中率は、ダーツを投げるチンパンジーすなわち当てずっぽうの予測と成績はほとんどかわらず、メディアでの露出度が高い自信過剰な識者ほど、予測は当たらない傾向にあるということです。

彼は「うまくいくと自信ありげに言いきったことがうまくいかなかったことを示す数々のエビデンスを前にしながら、まちがいを認める政治オブザーバーがめったにいないことにうんざりしていた」と語ったうえで、複雑な世界における政治予測の精度を高めるカギは、データに基づき、自分とは違う考えを持つ相手の長所を認める「キツネ」型の思考にあると結論づけています。

間違った理論による政策を実行する国家は、大きな代償を払うことになります。だからこそ、政策を導く理論が何であるかを明らかにして、それが国家の利益や安全保障に最適な選択につながるものであるのかを厳しく検証することが必要です。

国際関係論は、一般市民が世界の動きを理解するのみならず、国家の指導者が政策立案や決定をする際にも役立つ、力強い知的ツールなのです。国家の政策決定は、あまりにも重要なので、「国際政治学者」だけに任せるわけにはいきません。

「キツネ型」の独立した市民は、国際政治学者や地域研究者、外交官OBといった「専門家」の発言を鵜呑みにすることなく、自分とは違う意見に耳を傾けながら、間違った分析をただす「集団知」の形成に臆することなく参加すべきでしょう。