世界の国際関係論

今では、世界の多くの国々で国際関係論は教育・研究されると共に、アメリカ人以外の研究者が、この学問に参入しています。このことをジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学)は、以下のように的確に指摘しています。

国際関係論の研究者はアメリカ中心主義で、視野を広げる必要があるとよく言われる。私はそう思わない…国際学会(ISA)の年次大会のプログラムに目を通しただけでも、国際関係研究者が地球村に住んでいることは明らかである。このような多様性は世界中の若者が大学に進学し、国際関係論を学ぶようになるにつれ、時間の経過とともに大きくなっていくと思われる。つまり、アメリカの学者は、その数の多さゆえに大きな影響力を持っているわけではない…国際関係論におけるアメリカの優位性は、世界中から多くの優秀な大学院生がアメリカにやってきて、アメリカのキャンパスで知的な状況を支配している理論や手法が一流の研究者になるための不可欠なツールであると教えられるという事実によって強化されている。そして、(アメリカの)大学院で学んだことを活かして、アメリカだけでなく他の国でも活躍する人が多いのである。

現在の国際関係論はアメリカの社会科学ではありません。国際関係論は、世界を動きや国家行動の普遍的なパターンを発見して説明しようとするとする知的営為であり、れっきとした「科学」なのです。アメリカの大学で学んだ半導体の物理学的知識が、日本では役立たないなど、ありえないでしょう。

同じことは国際関係論にも言えます。アメリカで発達した現在の国際関係論は、それ以外の国家でも通用するということです。このことは、我が国では、あまり理解されていないような印象があります。

国際関係論の5つのキー概念

4月から新しい学年が始まり、大学で国際政治学や国際関係論を履修する学生も少なくないでしょう。また、ロシア・ウクライナ戦争で、この学問に興味を持った方も多くいらっしゃるでしょう。そこで、この記事では、国際関係論の概要を理解するのに役立つエッセーを紹介します。

最も手短で分かりやすい国際関係論の解説は、スティーヴン・ウォルト氏(ハーバード大学)が外交専門誌『フォーリン・ポリシー』誌に寄せた「5分で国際関係論の学士号を取得する方法」でしょう。

このエッセーで、彼は国際関係論のキー概念を5つに集約しています。それらは①アナーキー(無政府状態)、②バランス・オブ・パワー(勢力均衡)、③比較優位、④誤算と誤認、⑤社会構成です。これを読めば、あなたも、たったの5分で国際関係論のエッセンスが理解できるということです。

アナーキーは、国家を統べる上位の中央権威が存在しないことです。こうした国際構造は国家に生き残りとパワーをめぐる競争を強いるということです。

バランス・オブ・パワーは、さまざまな意味がありますが、国家はどの国が台頭しており、どの国が衰退しているのかを常に気にしながら行動するということです。

比較優位(比較生産費説)は、国家が国際分業に基づく貿易をすれば富を増やせることの理解を促します。

誤認や誤算は、国家の指導者が時として愚かな決断をする要因になっています。

社会構成は、アイディアやアイデンティティ、規範といった非物質的要因が国際関係に影響していることに、我々を気づかせてくれます。海賊や奴隷制度の衰退は、こうした人間の行為が野蛮で非人道的であるという考えが、世界に広まった結果であるということです。

これら5つの概念はどれも大切なのですが、国際関係を説明したり理解したりするために、最も重要であるにもかかわらず、最も軽視されているのは、バランス・オブ・パワーでしょう。

ウォルト氏は、別のエッセーで、こんな冗談めいたことまで言うくらいです。「もし、あなたが大学で国際関係論の入門コースを受講し、担当教員が『バランス・オブ・パワー』について言及しなかったとしたら、授業料の返金を求めて母校に連絡してください」と。

バランス・オブ・パワーのロジックは、以下に紹介するように非常に簡潔です。にもかかわらず、この理論は国家のバランシング行動のパターンを明らかにできるのです。

バランス・オブ・パワーの基本的な論理は単純である。国家を互いに保護する『世界政府』が存在しないため、征服されたり、強制されたり、その他の形で危険にさらされるのを避けるために、それぞれが自国の資源と戦略に頼らざるを得ない。強大な脅威になる国家に直面したとき、不安な国は自国の資源をより多く動員したり、同じ危険に直面する他の国家との同盟を求めたりして、より有利にバランスを変化させられるということだ。

国際関係理論の真骨頂は、より少ない要因でより多くの出来事を説明することです。この点では、バランス・オブ・パワー理論は優れています。

日本政府は防衛費を二倍にすることを約束しました。バランス・オブ・パワーは、この日本の決定について、強大化する中国の脅威が日本に自国の資源を防衛により多く投入することを強いたとシンプルに説明できるのです。なお、このエッセーは、地政学者の奥山真司氏が、ご自身のブログで日本語に訳して紹介しています。興味のある方は、ぜひ、こちらでお読みください。

国際関係理論により明らかになる危険な世界

国際関係研究や教育、政策提言で大活躍しているマシュー・クローニグ氏(ジョージタウン大学)が、『フォーリン・ポリシー』誌に寄稿した入門エッセー「大国間戦争の到来を示唆する国際関係理論」は、読む価値が十分にあるでしょう。

彼は日本での知名度は低いかもしれませんが、核兵器をめぐる国際政治や大国間政治における民主主義国の優位性ついて、斬新で意欲的な研究成果を次々に発表している、注目すべきアメリカの政治学者です。

幸いなことに、この記事は『ニューズウィーク日本版』が、「国際関係論の基礎知識で読む『ウクライナ後』の世界秩序」というタイトルになおして、その日本語訳を掲載しました(ここでは著者の名前がクレイニグと記載されていますが、同一人物です)。

彼によれば、現在の世界はますます危険になっています。なぜ、そのように判断できるかといえば、以下のように、戦争を抑制する要因が弱まっていると理論的に言えるからです。

国際関係論のリアリズム(現実主義)によれば、冷戦下の二極世界と冷戦後のアメリカが支配する一極世界は比較的単純なシステムで、誤算による戦争は起きにくい。核兵器は紛争のコストを引き上げて、大国間の戦争を考えられないものにした。一方、リベラリズムは、制度、相互依存、民主主義の3つの変数が協力を促進し、紛争の緊張を緩和すると考える。第二次世界大戦後に設立され、冷戦後も拡大し、信頼されている国際機関や協定(国連、WTO、核拡散防止条約など)は主要国が平和的に対立を解決する場を提供してきた。さらに経済のグローバル化によって、武力紛争はあまりにもコストが高くなった。商売が順調で誰もが豊かなのに、なぜ争うのか。この理論でいけば、民主主義国はあまり争わずに協力することが多い。過去70年間に世界で起きた民主化の大きな波が、地球をより平和な場所にした。そして社会構成主義(コンストラクティヴィズム)は、新しい考えや規範、アイデンティティが国際政治をよりポジティブな方向に変えてきたとする。かつては海賊行為や奴隷、拷問、侵略戦争が日常的に行われていた。だが大量破壊兵器の使用に関する人権規範が強まり、タブー視されるようになり、国際紛争に歯止めを設けた。とはいえ残念ながら、平和をもたらすこれらの力のほぼ全てが、私たちの目の前でほころびつつあるようだ。国際関係論において、国際政治の主要な原動力は米中ロの新たな冷戦が平和的に行われる可能性が低いことを示唆している。

国際関係論は、ざっくり言うと、パワーと安全保障をめぐる国家間の競争に注目するリアリズム、ルールや規範といった制度の役割や民主主義、経済のグローバル化といった要因から国家間の協力の可能性を模索するリベラリズム、アクターのアイディアやアイデンティティが社会を構成するとみるコンストラクティヴィズムという主要な理論から構成されています。

クローニグ氏によれば、リアリズムでは多極世界が不安定であると説明されていること、リベラリズムで国際協調の指摘される国際制度が大国間の競争の場所になっていること、コンストラクティヴィズムで強調される平和の国際規範が脆いものであることをから推論すれば、今後、米中あるいは米ロが軍事的に衝突しても不思議ではないということです。