「1-1. 日本株式会社による乗っ取りを恐れた1990年代前半のシリコンバレー」より

ブラウザーの開発者

インターネットの入り口であるブラウザー(閲覧ソフト)を開発したマーク・アンドリーセン氏は、イリノイ大在学中に最初のインターネットのブラウザー モザイクを共同開発。卒業後、シリコンバレーに移住し、1994年に事業家のジム・クラーク博士とネットスケープ・コミュニケーションズを設立。モザイクを改良したネットスケープ・ナビゲーター(現在のファイヤーフォックス)を開発して、設立からわずか1年半で同社の株式公開に漕ぎつけた。

24歳でタイム誌の表紙を飾り、マスコミに次のビル・ゲイツやスティーブ・ジョッブスかと報じられるなど時代の寵児となり、25歳で億万長者となった後、ベンチャーキャピタリストに転じ、ツイッター、フェイスブック、スカイプなどの有望企業を見出して、投資した。

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アンドリーセン氏(Wikipediaより)

アンドリーセン氏は高校時代に地元の図書館からプログラミングの本を借りて、その日のうちにプログラムを書いたというほどの天才技術者だが、金子氏の天才ぶりもひけを取らない。以下は弁護団の事務局長を務めた壇俊光弁護士の「Winny 天才プログラマー金子勇との7年半」からの抜粋。

彼も電器屋でプログラミングをしてゲームを作っていた。ただ、 作ったゲームのクオリティがあまりに高いので、 お店の方からデモで使わせて欲しいと頼まれる程だった 。 彼の回りには いつも人だかりである 。

生まれも金子氏の1970年に対し、アンドリーセン氏1971年と同年代の二人の対照的なその後の人生を見るにつけ、金子氏を栄光なき天才にしてしまった日本の捜査当局の勇み足が悔やまれる。

(次回に続く)