投資では損失を被ることもある。また、利益が出ても税が掛かる。そのため投資を始めたり、規模を拡大したりするのをためらう人も多いだろう。これをを解決し、税負担を軽くしてくれる可能性がある制度が損益通算だ。具体的な手続きを把握し、うまく活用しよう。
課税対象額を大きく左右する損益通算
素人考えでは「家計において赤字と黒字があるなら、それを相殺した金額が課税対象額になるのでは?」と思いがちだし、そのように主張する専門家もいる(「純資産の増加を所得と捉えるべきだ」という考え方だ)。しかし、実際にはこのような相殺は、法律が認める範囲でしか行えない。
たとえば、不動産を賃貸に出していて不動産所得がある人が、ある年に維持管理費が家賃収入を上回って赤字が出た場合は給与所得での黒字との相殺が認められる。一方、先物取引で被った赤字は雑所得での赤字であり、これは他の所得と相殺されないとした判例が過去にある(現在先物取引での雑所得は当時とは別の特例がある)。
所得の赤字と黒字を相殺することを損益通算という。法律で認められた範囲でしか行えないが、政策上必要であれば損益通算を可能とする法律が生み出されるということでもある。そして現在、金融商品で得た所得については、一定の範囲で損益通算が可能となっているのだ。
複数の投資対象商品を持っていると、何万円、何十万円単位で赤字と黒字の両方を抱えることも珍しくない。損益通算できるかできないかで課税対象額が大きく異なるので損益通算が可能なケースを正確に理解しておきたい。
投資における損益通算
日本では「貯蓄から投資へ」という政策のもと経済の活性化が図られ、税制面でも投資環境の整備が行われてきた。その一つが投資商品の損益通算の範囲の拡大だ。2018年現在、債券、株式、投資信託の大部分について利益と損失の損益通算が認められ、さらに損益通算しても解消されなかった損失があれば、翌年以降最長3年間、金融商品での利益と相殺できることになっている(繰越控除という)。
申告分離課税で損益通算が可能に
投資で得られる利益のうち、保有していることで得られる利益(株式の配当金などのインカムゲイン)はその性質上損失を被らないが、売買での利益(キャピタルゲイン)は必ずしも思い通りの利益が得られるとは限らない。購入時より値下がりすれば損失が出る。
たとえば、株価800円の株を最小購買単位(単位株)の100株購入したものの、株価は600円に下がり今後も値上がりの見込みがないので損失を覚悟で売却すると、800円×100株=8万円で購入したものを600円×100株=6万円で売却するので、2万円の損失が出ることになる。
投資を手広く行っていると、債券の利子、株式の配当金、投資信託の収益分配金のインカムゲインで黒字が出る一方で、価格が値下がりし赤字が出る場合がある。これらの赤字と黒字を相殺するのが「上場株式等に係る譲渡損失の損益通算」と呼ばれる仕組みだ。
先ほどの例では2万円の損失があったが、他の株式の売却益が1万5,000円、配当金が5,000円という利益があったとしよう。損益通算ができるよう手続きしておけば2万円の損失と、1万5,000円+5,000円=2万円の利益を相殺できる。課税対象額は0円、もちろん納税額も0円だ。
損益通算のための手続きの一つが、株の配当金について申告分離課税を選んでおくことだ。株の配当金(配当所得)には、申告分離課税とは別に他の所得と合算して納税する総合課税という選択肢もある。総合課税を選択すると配当控除という税額控除が受けられるので、場合によってはこちらを選んだ方が良いケースもある。ただ、総合課税を選んで配当控除を受けるか、申告分離課税を選んで損益通算をして課税対象額を低くするか、節税策としてはどちらか一方を選択しなくてはならない。
売買で得た所得はもともと分離課税なので、特別な手続きはいらない。
損益通算できない所得
損益通算は法で認められた範囲でのみ行われる。株式などの売買での損失は、給与所得など他の所得とは損益通算できない。逆に他の所得で赤字があっても、金融商品での利益と損益通算できない。たとえば不動産所得などで損失があっても配当金や株式の売買益での黒字とは損益通算できないのだ。
金融商品ならどれでもできるわけではない。「上場株式等」と国税庁が呼ぶグループ内では損益通算ができる。上場している株式、投資信託、債券のほとんどがあてはまる。しかし、上場していない「一般株式等」は含まれない。「上場株式等」に含まれるグループ内、「一般株式等」のグループ内で赤字と黒字の相殺はできるが、グループを超えて相殺はできないのだ。
また、先に述べたように配当所得で総合課税を選択した場合も損益通算はできない。損益通算をするには、申告分離課税を選択する必要がある。
NISA口座内の金融商品も損益通算はできない。NISA口座では損失はないものと扱われる。したがってNISA口座内で赤字と黒字が出ても相殺できないし、NISA口座以外の取引とも損益通算はできない。
損益通算の手続き
上場株式などの売買での損失を損益通算したい場合は、原則的には確定申告をする必要がある。損益通算の適用を受けたい年の確定申告書類に、その旨を記載する。そして「所得税及び復興特別所得税の確定申告書付表(上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除用)」と「株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書」を添えて確定申告書を提出する。
その年内で損益通算してもまだ赤字がある場合、翌年から3年間繰越控除ができる。このためには、上の手続きに加え、翌年以降も続けて「所得税及び復興特別所得税の確定申告書付表(上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除用)」を添えて確定申告を行う。上場株式などの取引のない年でも、損失の繰越控除のためには毎年申告が必要だ。
ただ、一から確定申告書を作成しなくて済む方法もある。証券会社などで特定口座を開設すれば、ほとんどの手続きを証券会社が行ってくれる。これは国税庁も認めている制度だ。
源泉徴収ありの特定口座
特定口座制度は納税手続きの負担を軽減するための制度だ。特定口座を開設すると、証券会社などの方で特定口座内における上場株式などの取引について、売買損益などを管理し計算してくれる。そして年間の損益を計算した「特定口座年間取引報告書」を顧客と税務署の両方に交付してくれる。
特定口座の開設時に「源泉徴収あり」「源泉徴収なし」のどちらかを選ぶことができる。源泉徴収ありだと、証券会社が納税まで行ってくれるので顧客は確定申告する必要はない(必要があれば個人で確定申告を行うこともできる)。
配当所得を源泉徴収ありの特定口座内で損益通算して欲しい場合には、3つの条件がある。「上場株式配当等受領委任契約の締結」「源泉徴収選択口座内配当等受入開始届出書の提出」「配当金の受取方法を株式数比例配分方式と選択すること」だ。
「株式数比例配分方式」とは、上場株式などの配当金を証券会社などの口座内にある株式数に応じて、証券会社などを通じて受け取る方法だ。配当金の受け取り方には、昔ながらの「企業から投資家の自宅へ直接配当金領収証が郵送され、投資家自身がゆうちょ銀行などで配当金を受け取る」方法や、銀行口座に振り込んでもらう方法もある。ただし、証券会社などの特定口座で損益通算をするには「株式数比例配分方式」を選択している必要がある。
源泉徴収なしの特定口座
株式などの売買での損益通算の計算は証券会社などに行ってもらい、納税自体は個人で行うこともできる。特定口座を開設する際に「源泉徴収なし」と選択すればよい。
この場合は、配当所得などとの損益通算は個人が行う。納税も個人が確定申告を行う。証券会社などが作成してくれた「特定口座年間取引報告書」に基づいて書類を作成するので、その分簡便だ。
特定口座以外にも一般口座というものもある。これは株式などの売買の損益、配当所得などとの損益通算の計算を個人が自力で行わなければならない。もちろん、納税も個人が税務署へ確定申告をする。
ただし特定口座であっても、その特定口座の中での損益通算しかしてくれない点には要注意だ。同じ証券会社などでの特定口座と一般口座をまたぐ損益通算や、他の証券会社などの口座をまたぐ損益通算は、それぞれの口座での取引記録などを基に個人が計算と納税を行う。
合計所得金額には反映される
確定申告をした場合、損益通算後の金額は合計所得金額に含まれる。しかし、源泉徴収ありの特別口座を利用し、証券会社などでの源泉徴収で納税を完了し申告不要とした場合には合計所得金額には含まれない。
合計所得金額を気にしなければならない場面は身近にもある。所得税の所得控除には、家族や本人の合計所得金額が一定以下であることが条件のものがある。代表的なものでは、扶養されている主婦などの配偶者控除や配偶者特別控除だ。パートでの給与所得だけなら一定の所得控除があったのに、副収入のつもりで行っていた投資での利益が確定申告で合計所得金額に反映されてしまい、控除対象から外れたり控除枠が小さくなったりすることもある。
他にも、マイホームの売買時に合計所得金額が問題となることがある。合計所得金額が3,000万円を超えると住宅ローン控除が受けられなかったり、住宅を売却して損失が出た場合の税の優遇対象から外れたりすることもある。普段から所得が多いか、損益通算しても株式などでの所得が多いかで合計所得金額が3,000万円を超えそうな人は気を付けたい。
先に述べたように、損益通算しても赤字が残れば3年間は繰越控除ができる。ところが、繰越控除は合計所得金額を低くすることはない。合計所得金額とは損益通算後・繰越控除前の金額を指すからだ。前年から繰り越した赤字を差し引く前の、当年の黒字が合計所得金額に含まれる点に注意が必要だ。
源泉徴収ありの特定口座では確定申告をしないので、上記のような合計所得金額が大きくなって困るということは生じない。一方で、基礎控除などの所得控除などを考慮すれば本来税の負担がないのに、証券会社などでの源泉徴収で課税されてしまうということは起こり得る。
専業主婦などで他に所得がない人は、投資で得た所得から基礎控除などの所得控除を引いた額で計算された税額が本来の納税額だ(0円ということもある)。この場合は、確定申告をすることで既に証券会社などで納めた税金を還付してもらうことができる。ただし、先に述べたように、これも確定申告をしたことで合計所得金額に加算されて配偶者控除などに影響することもある。還付額と配偶者控除が使えないことによる増税額とを比較したうえで選択しよう。
損益通算は、課税対象額を減らして納税額を抑えることができる仕組みだ。法律で認められたものに限られるが、幸い金融商品については損益通算の範囲が広がり利用できる環境が整った。その範囲を正確にとらえ、他の課税の仕組みへ及ぼす影響を把握したうえで上手く活用していきたい。
文・ZUU online編集部
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