社会自体に、「高齢者を差別することは良くない」という認識が余りない。シュピーゲルによると、最新の「差別問題報告書」では、高齢ゆえの差別件数は昨年573件で、民族的差別(2080件)や身体障害による差別件数(1775件)より少なかったのは、「高齢者も若い世代も高齢者への差別が禁止されていることへの認識が十分ではないからだ」と分析されている。
ポップ歌手のマドンナさん(64)は、「年齢差別は世界にとって有毒な現象だ」と批判する。美顔手術をし、派手な服装で舞台で歌うマドンナさんは最近、「そんな姿で舞台に再び登場しないでくれ」といった憎悪コメントを受け取った。その辛辣なコメントはネット上でシットストーム(炎上)した。マドンナさんは、「私は歌唱力や外貌問題でファンに負債などない」と反論している。
中国武漢発の新型コロナウイルスは世界のエイジズムを加速化させたという。高齢者は一般的に感染危険率が高いと受け取られ、隔離が強化されていった。すなわち、高齢世代と若い世代間の世代対立を激化させたわけだ。哲学者ヨハネス・ミュラー=サロ氏は新著「Offene Rechnungen」(世代間の冷たい闘争)で、「若い世代」と「高齢者世代」の間であからさまな対立の時を迎えている、と主張している。
ヘルシンキ大学神学部から名誉博士号が与えられたスウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさんが、「あなた方(高齢者)は私の夢と子供時代を奪ってしまった」と非難した有名なセリフを思い出す。換言すれば、「高齢者は久しく多くを消費し、未来に投資せずに、若い世代に負債を残している」といった内容だ。
ドイツのショルツ連立政権は政権発足時に連立協定で「社会全般のデジタル化の促進」を目標に掲げたが、IT技術の普及によって高齢者はますます疎外感を深めている面も否定できない。航空チケットの搭乗券を空港内で入手するのにも自動発券機で処理しなければならないから、ITの使用に慣れていない高齢者にとっては若者の厳しい目を気にしながら汗を流さざるを得ない。高齢者への差別はモダンな西側社会では広がっているわけだ。
ソフトウェア開発。ITサービス企業「サン・マイクロシステムズ」社の創設者の1人、ビノッド・コースラ氏は、「新しいアイデアという観点からみれば、45歳以上の人間はもう死んでいる」と主張。また、メタ最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグ氏は、「若い人間のほうが賢い」と言い切っているほどだ。
IT関連知識や操作能力に関してはIT企業トップの意見は正しいかもしれないが、IT関連の知識やノウハウだけが人間の能力を図るものではないことはいうまでもない。ただ、IT社会で生きている現代人にとって実際、スマートフォンやコンピューターを駆使できなければ、さまざま困難が出てくることは事実だ。
米国では行き過ぎたエイジズムに対して批判的な声が上がってきているが、ドイツでは高齢者問題では対応がまだ遅れている、と同情せざるを得ない。シュピーゲルは「ドイツでは高齢者は差別されている。時には緻密に、時には残酷に」と述べている。
当方はこのコラム欄で「あのエレファントを見ろ!!」を書いたばかりだ。動物学者によると、エレファントは人間の高齢者を襲う認知症にかからず、目撃し、体験したことは絶対に忘れない。長く生きたエレファントであればあるほど、体験を蓄積し、群れを安全な場所に引率できるノウハウを知っているから、エレファントの世界では最高齢者は仲間から尊敬され、通常、指導者、引率者となる。そのエレファントの世界と比較して、人間の世界では高齢者は差別されるなど、弱肉強食の様相を深めているわけだ(「あのエレファントをみろ!!」2023年3月21日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。