両国は対ロシア関係では程度の差こそあれ他のEU諸国より融和的であるが、侵攻したウクライナの占領地から違法に子供たちを連れ去った件にロシアが関与したとして、ICCが17日戦争犯罪の疑いでプーチン大統領に逮捕状を出した後、対応で違いがみられる。

オーストリアとハンガリーは共にICC加盟国だ。加盟国としては、逮捕状が出たプーチン氏がウィーンやブタペスト入りした場合、拘束してプーチン氏をハーグに移送しなければならない。ハーグのICCには独自の警察部隊がないから、容疑者の逮捕と移送は加盟国が実行する。ちなみに、スーダンのオマル・アル・バシール大統領、リビアのムアマル・アル・カダフィ大佐に続き、プーチン氏は在職中にICCの逮捕状が発行された3人目の国家元首となった。

ハンガリーはICCに署名し、ローマ規程に批准している。だから、プーチン氏がハンガリー入りした場合、逮捕しなければならない立場にある。それに対し、ハンガリーのオルバン首相の首席補佐官ゲルゲリー・グリアス氏は、「ICCの内容はハンガリーの法制度に統合されていないから、プーチン氏がブタペスト入りしたとしても、わが国は逮捕することはできない。ハンガリーには、逮捕状の執行に関する法的根拠がないからだ」と述べている。

プーチン大統領とオルバン首相の友好関係を考えるならば、オルバン政権がプーチン大統領を逮捕するという事態は考えにくいことは確かだ。オルバン首相は昨年2月、プーチン大統領がロシア軍をウクライナに侵攻させる直前、プーチン氏と会談するためにモスクワを訪問した最後の西側政治家となった。オルバン首相は当時、自身のモスクワ訪問を「平和の使命」と表現し、NATOとEU加盟国であるハンガリーとロシアの関係を称賛し、相互尊重を誇示した。その直後、プーチン大統領は同年2月24日、ロシア軍をウクライナに侵攻させ、ヨーロッパ全土に大きな衝撃を投じたわけだ(ハンガリーはロシアから依然天然ガスの供給を受けている。同国の天然ガスの85%、原油の65%はロシア産だ)。

オーストリアの場合、中立国とはいえ、ICC加盟国としてその義務を施行しなければならない。実際、オーストリア法務省は24日、プーチン氏がオーストリアに入国した場合、逮捕する方針を明らかにしたばかりだ。ただし、オーストリア政府がプーチン逮捕を実際に実行できるかは別問題だ。

オーストリアはロシアとは繋がりが深い。ロシアの前身国家、ソ連はナチス・ドイツ政権に併合されていたオーストリアを解放した国であり、終戦後、米英仏と共に10年間(1945~55年)、オーストリアを分割統治した占領国の1国だ。首都ウィーンはソ連軍が統治したエリアで、市内のインぺリア・ホテルはソ連軍の占領本部だった。シュヴァルツェンベルク広場にはソ連軍戦勝記念碑が建立されている。政治家や政党の中には親ロシア派が少なくない。

NATO加盟を模索するスウェ―デンやフィンランドの北欧の中立国とは異なり、オーストリアでは政治家も国民も「中立主義こそ自国の安全を守る最良の手段だ」といった確信が強い。欧州では「オーストリアの中立主義信仰」と呼んでいるほどだ(「オーストリア国民の『中立主義』信仰」2022年5月18日参考)。

同国では野党の極右政党「自由党」はプーチン氏の逮捕には反対するだろう。他の政党はICCの決定を尊重し、プーチン氏への逮捕には反対しないかもしれないが、ロシアからの反発を恐れるという点では変わらない。実際、メドベージェフ前大統領は「(逮捕なら)宣戦布告だ」と威嚇している。

なお、オーストリアのアルマ・ザディッチ法務相はネハンマー政権のジュニア政党「緑の党」所属だ。第1与党「国民党」との間には外交政策で違いがある。法務省が逮捕すると声明したとしても、国民党のネハンマー首相がそれに反対する可能性は十分考えられるのだ。国民党は経済界を支持基盤とする政党であり、ロシアとの経済関係を重視する傾向が強い(「プーチン氏と踊った外相の『その後』」2022年5月21日参考)。

オーストリアのネハンマー首相は昨年4月、ウクライナ侵攻後プーチン大統領と対面会談を行った「最初の西側首脳」だった。オルバン首相は昨年2月1日、戦争勃発直前、プーチン大統領と会談した「最後の西側首脳」だった。両国首相はプーチン氏との関わりではそれなりの歴史的な節目に動いてきたわけだ。その両首相のうち、どちらかがプーチン大統領を逮捕する最初の国の首相という名誉を得るだろうか。

そもそもどの国が大国ロシアの国家元首プーチン氏を逮捕できるか、といった現実的な疑問がある。2021年6月30日現在、123カ国が国際刑事裁判所ローマ規程に批准又は加入しているが、猫の首に鈴をつけるネズミを見つけるのが容易ではないように、プーチン氏を逮捕することに躊躇する加盟国が出てきても不思議ではないのだ。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。